本年度の武生国際作曲ワークショップのアシスタントの作曲家・金井勇さんに武生国際音楽祭のレポートを頂きましたので、掲載いたします。
9月3日(木)のメインコンサートは、「ヴィヴァルディ《四季》とイタリア音楽の系譜」と題して開催された。武生国際音楽祭2026のテーマ「フランス&イタリア 室内楽の豊穣」における、イタリア側の中核をなすコンサートであった。
ヴィヴァルディの《四季》を中心に、バロックから現代に至るまでのイタリア音楽の系譜をたどるさまざまな作品が並んだ。
オープニングを飾ったのは、20世紀前半の作曲家アルフレード・カゼッラの《ハープのためのソナタ》である。3つの楽章からなるこの作品では、それぞれの楽章において、ハープの多彩な音色、表現の可能性が引き出されている。それを吉野直子は、艶やかでしなやかな音色と、作品の細部まで見通す圧倒的な集中力、そして強靭な技術力によって描き出した。ハープという楽器の繊細さと力強さ、その豊かな表現力を存分に感じさせる演奏であった。

続いて演奏されたのはテレマンの《4つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ長調》。4本のヴァイオリンだけで構成される、独特の編成による作品である。4つの楽章はそれぞれに緻密な書法と華やかな響きを備えながら、4つの声部が柔軟に絡み合い、互いに受け渡しながら音楽を形づくっていく。4人のヴァイオリニスト(山根、毛利、外村、荒井)による均等なアンサンブルは、それぞれの個性を生かしつつ、全体として一体感のある演奏を生み出した。そしてこの4人のヴァイオリニストは、後半のヴィヴァルディ《四季》でそれぞれソリストを務めることになる。前半のテレマンが、後半の《四季》へとつながる導入としても興味深い選曲であった。

ここで、武生国際音楽祭音楽監督を務める作曲家・細川俊夫が挨拶に立ち、続いて演奏されるフランチェスコ・フィリデイの《秋のコンチェルティーノ》について解説を行った。この作品では奏者が通常の楽器にとどまらず、さまざまな小打楽器や音具、日用品などを用いる。細川はその一例を示そうと手近にあった音具を手に取ったところ、勢い余ってそれを壊してしまうというハプニングが起こった。するとすかさず作曲者のフィリデイ本人が登場し、手際よく修理。「問題ない」とばかりにその場を収めるという、微笑ましい一幕もあった。
そして演奏されたのはフランチェスコ・フィリデイの《秋のコンチェルティーノ》。フィリデイは今年の武生国際作曲ワークショップの招待作曲家でもある。
作品は、ヴィヴァルディの《四季》の中でも特によく知られた「秋」と結びつきながらも、その音楽を直接的に再現するものではない。リコーダーとヴァイオリンを独奏楽器とし、鈴木俊哉のリコーダー、辺見康孝のヴァイオリンが、ヴィヴァルディの協奏曲を思わせる独奏的な役割を担う。一方、それを取り囲むのが、オーボエ奏者の山田涼子、江波戸大樹、ピアニストの山本純子、ハーピストの松村多嘉代、打楽器の葛西友子による5人のアンサンブルである。しかし打楽器を含むパートを担当する葛西を除く4人は、それぞれ本来の楽器を演奏するわけではない。チューブや警笛、水を入れたコップなど、さまざまな音具や日用品を手に取り、音を生み出していく。身近な物から立ち上がる音響は不思議でユーモラスな世界を形づくっていく。
ヴィヴァルディの「秋」とこの作品との間に厳密な対応関係があるわけではない。むしろフィリデイは、「秋」という既成の音楽的イメージをいったん解体し、そこから新たな音の世界を立ち上げている。ヴィヴァルディの《四季》を素材としながら、それを引用するのではなく、現代の視点から「秋」という音楽そのものを脱構築してみせた作品といえるだろう

後半は、ヴィヴァルディの《四季》。ここでは、前半のテレマン《4つのヴァイオリンのための協奏曲》に登場した4人のヴァイオリニストが、それぞれ一曲ずつソリストを務めるという趣向が凝らされた。
チェンバロの北村朋樹が全体をリードし、4人のソリストは自らの出番以外ではアンサンブルの一員として演奏する。今回の武生国際音楽祭に初登場となるヴァイオリニスト、清水怜香がコンサートマスターを務め、田原綾子、山本周のヴィオラ、上村文乃、水野優也のチェロらがアンサンブルを支えた。
《四季》は、「春」「夏」「秋」「冬」の4曲からなるヴァイオリン協奏曲集で、それぞれ3つの楽章で構成されている。その中には、今日ではクラシック音楽に馴染みのない人にも広く知られている旋律も多く、誰もが一度は耳にしたことのある音楽が随所に登場する。
第1番《春》では荒井里桜がソロを担当。しなやかで伸びやかな音色と気品を感じさせる演奏で、春の訪れを鮮やかに描き出した。第2楽章に登場する「吠える犬」の場面では、山本周がユーモラスな身振りを交えながら演奏し、会場からは思わず笑いがこぼれた。
続く第2番《夏》では山根一仁がソリストを務めた。一瞬一瞬の「間」を際立たせながら、そこから絶え間なく連なる音の奔流へと音楽を押し進め、激しい嵐へと至る。緊張感に満ちた気迫あふれる演奏は、まさに熱狂的で、鬼気迫るものだった。
第3番《秋》では外村理紗がソロを担当。冒頭から楽しげで躍動感のある音楽を展開し、祝祭的な秋の情景を描き出す。嵐が過ぎ去った後のほっとするような安堵感が漂い、やがて音楽は少しずつ気だるさを帯びていく。その表情の移ろいが印象的だった。
そして第4番《冬》では毛利文香がソリストを務めた。凍てつくような冬の外界を思わせる峻厳とした響きと、そこから一転して描かれる室内の暖かな情景。その対照を鮮やかに描き分け、寒さと暖かさ、緊張と安らぎが交錯する「冬」の世界を浮かび上がらせた。
4人のソリストがそれぞれの個性を発揮しながら、同時にアンサンブルの一員として音楽を支えるという今回の趣向は、《四季》という作品に新たな面白さを加えていた。また、演奏だけでなく、随所に趣向を凝らした演出が施され、女性奏者たちの華やかな衣装も相まって、聴覚だけでなく視覚的にも大いに楽しめた。

バロックから現代へと時代を超えて響き合う多彩な作品を通して、イタリア音楽の豊かな創造性と、その尽きることのない魅力を感じさせる充実したコンサートとなった。




