9月9日 音楽祭短評①(神山奈々)

 9月9日、作曲ワークショップは午前中の公開レッスンをもちまして全ての講義を終了いたしました。公開レッスンは、普段なかなか見る機会の無い他の人のレッスンを客観的に見る事が出来ます。それは、大変学び多い時間です。また、様々なバックグラウンドを持つ各国の先生方の意見を同時に聞くことで、新たな気付きがある事も多いのです。

 午後には、作曲ワークショップのアシスタントの新作を中心とした「新しい地平Ⅰ」の演奏会がありました。ここではソロ、もしくはデュオの編成による 森紀明、金井勇、木下正道、三浦則子、シャリーノ、神山の曲が演奏されました。

 受講生は、この演奏会シリーズのリハーサルの見学が可能です。私が受講生の頃は、ここで先輩作曲家のリハーサル方法や運び方を見ながら、その技術を盗もうと努力したものです(笑)。私のリハーサルを聴いてくださった受講生はどんな風に感じたのだろう、と少し気になるくらい武生で育てて頂いて大人になった自分がここにいるのです。

評者:神山奈々(第21回武生国際作曲ワークショップ アシスタント作曲家)
1986年、群馬県前橋市生まれ。東京音楽大学付属高校から作曲を専門的に学び、同大学卒業後、同大学院修士課程を修了。第79回日本音楽コンクール作曲部門第3位(2010)、2013年度武満徹作曲賞第3位。近作としては、オーケストラのための『きっと、またここで会えますように』(201年9、広島交響楽団)、ピティナ ピアノコンペティション特級新曲課題『沙羅の樹の 花開く夜に うぐいすは』(2020年)、オーケストラのための『Sky in the ocean』(2021年、トーンキュンストラーオーケストラ)、ヴァイオリンとチェロのための『翅と風媒花』(2022年、武生国際音楽祭初演予定)等。現在、東京音楽大学講師を務める。

9月8日 音楽祭短評②(金井勇)

 9月8日(木)のメインコンサートでは、伊藤恵プロデュースの第2夜「ソプラノと弦楽の調べ」が行われた。

 前半はソプラノの半田美和子が登場し、20世紀歌曲の軌跡を辿るプログラムを披露した。初めにウェーベルンの初期の作品『シュテファン・ゲオルゲの「第七の環」による5つの歌』(1909)。1つの楽章が1分ほどの演奏時間の、削ぎ落とされた極小の世界。この凝縮された音宇宙を半田はマキシマムな集中度でもって幅広く表現した。ピアノは北村朋幹。

 2曲目はR・シュトラウスの最晩年の傑作『4つの最後の歌』(1948)。しなやかに響き渡る歌声は、ヘッセの詩の言葉を借りれば「夜の魔法の世界の中へと解き放たれた魂」のようであり、聴衆は、シュテファン・ゲオルゲではないが「忘我」の心地で確かに「他の惑星からの大気」を感じたであろう。

 続いてクセナキスのピアノ五重奏である『アケア』。武生国際音楽祭でもメインコンサートの中心を担っている若手弦楽奏者たちが20世紀の「難解な」作品の演奏に向かい合うことでもちょっとした事件であるが、ピアノの独奏を伊藤恵プロデューサー自身が担当したことは極めて新鮮なものであった。前日にアルディッティ弦楽四重奏団による『アケア』のための公開レッスンが行われた。この作品に縁の深いアルディッティならではの緻密な指導を奏者たちはひたむきに受ける姿を見届けたが、それが昇華した本番の演奏に立ち会えたことに大いに感激した。

 コンサート後半は、シューベルトの弦楽四重奏第14番「死と乙女」。毛利文香がトップを務め、白井圭(ヴァイオリン)、上野通明(チェロ)と武生国際音楽祭の中核をなす顔ぶれにヴィオラの三国レイチェル由依が加わり、新たな組み合わせでの演奏となった。シューベルトの傑作をこのメンバーとフォーメーションで聴くのはこれもまた新鮮な体験であった。旋律の紡ぎ合いの立体感、随所にちりばめられた対比、高まる響きの親密度。これらが一体化してフィナーレへと至る。プログレッシヴな演奏を通じて改めてシューベルトの魅力を発見できた心持である。(金井勇)

評者:金井勇(第21回武生国際作曲ワークショップ アシスタント作曲家)
東京音楽大学作曲専攻卒業、同大学院修了。2012年、2015年及び2016年武生国際作曲ワークショップ招待作曲家。「新しい地平」における近作としては『from Being』(スロウィンド木管五重奏団)、『to Becoming』(赤坂智子と大田智美)、『邯鄲の夢』(マルコ・デル・グレコ)等がある。また2019年は鈴木優人補筆校訂版のモーツァルト作曲『レクイエム』の武生版オーケストレーションを行った。

9月8日 音楽祭短評①(金井勇)

 作曲ワークショップ4日目の9月8日はまず、招待作曲家アレッサンドロ・ソルビアーティの、前日に引き続いての2回目のレクチャーが行われた。この日のレクチャーでは2010~11年制作のドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』「大審問官」を題材とするオペラ作品《LEGGENDA》が映像とともに紹介された。信仰心の隔たりを問う葛藤の物語が、本水を使った舞台で大胆に展開される。本日は作曲の核となるシーンを一部紹介されるにとどまったが、いずれこの作品全体を実際の舞台で見たいものである。

 午後は招聘音楽学者のパコ・ヤニェスによる、これも前日に続くレクチャー。西洋音楽における重要な音楽形態である弦楽四重奏の発展の歴史をパコはTree(木)とその枝に準える。二日目となるこの日はリゲティ、ノーノ等の20世紀の重要な作曲家たちの作品の例から、現在の若い世代の作品の紹介にまで至り、その伸び広がりゆく枝葉の未来を暗示ししながら感動的に解説した。

 午前・午後のそれぞれのレクチャーのあとに作曲受講生を対象とした公開レッスンが行われた。多くの観衆の前で自作を発表し、その意見を公開で受けるという形態は、多くの若い作曲学生にとっては極めて緊張を強いることになるであろう。しかし自作を自分の言葉で語るという行為は、今後も何らかの場面で必ず遭遇することとなる。その貴重な経験の場として大いに活用することを願うばかりである。

評者:金井勇(第21回武生国際作曲ワークショップ アシスタント作曲家)
東京音楽大学作曲専攻卒業、同大学院修了。2012年、2015年及び2016年武生国際作曲ワークショップ招待作曲家。「新しい地平」における近作としては『from Being』(スロウィンド木管五重奏団)、『to Becoming』(赤坂智子と大田智美)、『邯鄲の夢』(マルコ・デル・グレコ)等がある。また2019年は鈴木優人補筆校訂版のモーツァルト作曲『レクイエム』の武生版オーケストレーションを行った。

9月7日 音楽祭短評(木下正道)

  7日は朝早くから作曲ワークショップ、この日はまず、日本初登場のアレッサンドロ・ソルビアーティさんのレクチャーでした。 自作の「交響曲第2番」を中心に、自らの出自や音楽観を縦横無尽に英語で語りました。陽気に、物凄い分量を話すので、通訳の人がついていくのが大変そうでしたが、お話の内容は論理的で分かりやすいものです。

そしてこちらも初登場の、スペインからいらした批評家のパコ・ヤニェスさんが、アンサンブルや音色などの飽くなき探求など、西洋音楽の大きな柱の一つである「弦楽四重奏」の広く深い歴史を、主に20-21世紀に焦点を当てた二回のレクチャーの最初の回で、非常に明晰で、かつ系統立てたお話でした。次のレクチャーも楽しみです。

  アルディッティ弦楽四重奏団のメンバーによる公開レッスンは、8日に演奏されるクセナキスの「アケア」について、当日の演奏メンバーを迎えて、二時間みっちりと行われました。弦楽器の弓使いや音程の揺らし方、また合わせるポイントなどを的確に指摘していくことで、明らかに音楽がさらに生き生きとしていく様は驚くべきものでした。

夜はマリオ・カーロリと吉野直子さんによる「珠玉のデュオコンサート」。予定されていた演目に加えて、バッハやテレマンなどの作品が追加され、休憩なしの一時間少しの間、フルートとハープによる奥ゆかしい響き、穏やかで繊細、かつ奥行きある豊穣な音楽が繰り広げられました。前日6日のアルディッティ弦楽四重奏団による激しく厳しい圧倒的な音楽も大変素晴らしいですが、この日のように、リラックスして聞ける雰囲気の中にいられる音楽の体験も素敵なことだと思います。そして時折閃く名人の創意、音色の多様性がとても斬新でした。

評者:木下正道(第21回武生国際作曲ワークショップ アシスタント作曲家)
1969年、福井県大野市生まれ。2013年からは「武生国際音楽祭・新しい地平」の運営アシスタントを務める。ここ数年は主に室内楽曲を中心として年間20曲程度を作曲、初演。現在は、様々な団体や個人からの委嘱や共同企画による作曲、優れた演奏家の協力のもとでの先鋭的な演奏会の企画、通常とは異なる方法で使用する電気機器による即興演奏、の三つの柱で活動を展開する。東京近辺で活動する現代音楽に関心を寄せる演奏家のほとんどがその作品を初演、再演している。

9月6日 音楽祭短評②(神山奈々)

9月6日(火)は、アルディッティ弦楽四重奏団によるメインコンサート。プログラムはクセナキスのST/4から始まりました。緻密なアンサンブルは、大変魅力的なノイズの音色です。これは、アルディッティの皆さんが意図して作っている唯一無二のもので、おそらく現代音楽の作曲家は、いつも頭の片隅にこの弦楽四重奏の音色が憧れとして存在し、それが創造のモチベーションになっている事と思います。 ソルビアーティの弦楽四重奏第4番は、衝撃でした!とても明晰な一瞬が生き物のように生成される素晴らしく美しい音楽を体験しました。また、細川俊夫のパサージュは、アルディッティの音色で聴く事が出来て新鮮でした。もちろん、リゲティの弦楽四重奏曲は私の拙い言葉では書く事が出来ないほど素晴らしかったので、この辺りで苦手な作文を終わりにします(笑)

評者:神山奈々(第21回武生国際作曲ワークショップ アシスタント作曲家)
1986年、群馬県前橋市生まれ。東京音楽大学付属高校から作曲を専門的に学び、同大学卒業後、同大学院修士課程を修了。第79回日本音楽コンクール作曲部門第3位(2010)、2013年度武満徹作曲賞第3位。近作としては、オーケストラのための『きっと、またここで会えますように』(201年9、広島交響楽団)、ピティナ ピアノコンペティション特級新曲課題『沙羅の樹の 花開く夜に うぐいすは』(2020年)、オーケストラのための『Sky in the ocean』(2021年、トーンキュンストラーオーケストラ)、ヴァイオリンとチェロのための『翅と風媒花』(2022年、武生国際音楽祭初演予定)等。現在、東京音楽大学講師を務める。