9月11日 音楽祭短評①(金井勇)

 9月11日、武生国際音楽祭最終日。この日はまず午前10時30分開演の「ピアノ名曲コンサート」から。

 音楽祭メインコンサートの顔である3人のピアニスト、伊藤恵、北村朋幹、津田裕也が共演するという贅沢なコンサート。ベートーヴェンやショパンのよく知られた名曲を含む7つの珠玉の作品が演奏された。

 最初に伊藤恵コンサートプロデューサーがベートーヴェンの『エリーゼのために』を愛らしく、そして『ピアノソナタ「悲愴」』を情感豊かに聴かせてくれた。次いで北村朋幹が松村禎三『ギリシャに寄せる2つの子守唄』を幻想的に、リスト『巡礼の年』「エステ荘の噴水」を流麗に。続いて津田裕也がショパンの傑作を3曲。『ノクターン「遺作」』を感傷的に、『子犬ワルツ』を軽やかに、そして『幻想ポロネーズ』を絢爛に。

 さらにこのコンサートの締めくくりとしてラフマニノフ『6手のための2つの小品』が6手、つまり3人のピアニストの連弾で披露された。ラフマニノフが従姉妹の3姉妹のために17~18歳に作曲したという珍しい小曲。中声部を担当する北村を柱に、伊藤プロデューサーが上声部をエレガントに、津田が低声部を深く強く紡ぐ。親密な音の景色がしみじみと心に入りこむ。静かに消えゆく響きはあたかも夏の終わりと重なり合う情感であった。

評者:金井勇(第21回武生国際作曲ワークショップ アシスタント作曲家)
東京音楽大学作曲専攻卒業、同大学院修了。2012年、2015年及び2016年武生国際作曲ワークショップ招待作曲家。「新しい地平」における近作としては『from Being』(スロウィンド木管五重奏団)、『to Becoming』(赤坂智子と大田智美)、『邯鄲の夢』(マルコ・デル・グレコ)等がある。また2019年は鈴木優人補筆校訂版のモーツァルト作曲『レクイエム』の武生版オーケストレーションを行った。

9月10日 音楽祭短評(木下正道)

 10日の演奏会は3つある(新しい地平II、III、弦楽四重奏の夕べ)のですが、当日のゲネプロ(通し練習)も勿論行います。3公演分、全部で13曲を、最初の演奏会の開場時間までに終えなければなりません。ということは朝早くから始まるということで、この日は8時50分からでした。そして、演奏曲目順にやっていると、ピアノを頻繁に動かしたり、奏者が無駄に待たされたりなどの不都合が生じるので、他の練習のスケジュールも見つつ、なるべくスムーズに流れるように、ゲネプロの順番を組んでいます。私はもうかなり長い間この作業をやっていますが、今年が最も複雑だったかもしれません。普通はこういうことをやるとパニックに陥ると思いますが、武生の裏方は世界最高水準ですので、テキパキとこなすことができます。
 というわけでこの日もなんとか予定していた開場時刻に間に合い、お客様をお待たせし過ぎずにご入場いただけました。尺八の田嶋先生が事情で来られなくなってしまったので、高木日向子さんの作品を演奏できなかったのは残念でした。その代わりに小林純生さんの作品を鈴木俊哉さんの独奏で演奏致しました。
 IIは割と静謐な作品が並んでいたと思います。武生のホールは小さな音でも響きに埋もれることなく十分聴き取ることができます(かつ十分に残響はあるのです)ので、このような作品たちにはうってつけです。最後を締めたブーレーズのソナチネは、アンサンブルの新たな可能性を感じさせる知的かつ抉りの効いた演奏だったと思います。
  IIIはワークショップの講師の作品が中心でした。サックスの演奏技術の限界に挑むソルビアーティ作品、つねに揺れ動き、響きが変容するパレデス作品など、充実した演奏会でした。
 「弦楽四重奏の夕べ」は、ウェーベルンのop28、バルトークの4番、ベートーベンの14番という極め付きの名曲が並びました。武生のホールですと、各奏者の息遣いや細かい音形のニュアンスがしっかりと聴き取ることができます。演奏は勿論切れ味、叙情性、構成感など申し分なく、弦楽四重奏の深い歴史と喜びに満ちた音楽を堪能いたしました。

評者:木下正道(第21回武生国際作曲ワークショップ アシスタント作曲家)
1969年、福井県大野市生まれ。2013年からは「武生国際音楽祭・新しい地平」の運営アシスタントを務める。ここ数年は主に室内楽曲を中心として年間20曲程度を作曲、初演。現在は、様々な団体や個人からの委嘱や共同企画による作曲、優れた演奏家の協力のもとでの先鋭的な演奏会の企画、通常とは異なる方法で使用する電気機器による即興演奏、の三つの柱で活動を展開する。東京近辺で活動する現代音楽に関心を寄せる演奏家のほとんどがその作品を初演、再演している。

ファイナルコンサートの配信について

武生国際音楽祭2022ファイナルコンサートの配信は、諸般の事情により「ライブ配信」のみとし、一週間の見逃し配信は中止いたします。 楽しみにしてくださっていた皆様にはご迷惑をおかけいたしますが、なにとぞご了承のほどよろしくお願いいたします。

9月9日 音楽祭短評②(神山奈々)

 9月9日(金)メインコンサートは、「細川俊夫と仲間たち」。前半は、細川俊夫の作品が並びました。ライブ録音をしながらのコンサートは、聴衆にとっても、演奏家にとっても緊張感のある時間です。大石将紀さんのソロは、音のコントロールが素晴らしく、 息を飲むPPPの美しさ。半田美和子さんのソプラノは、細い絹糸のようなしなやかで強い音色です。吉野直子さんのハープは気高く、葛西友子さんのパーカッションは色彩豊かでした。

 また、後半では、アルディッティ弦楽四重奏団によるフェデリコ・ガルデッラと中堀海都の新作2作が初演され、それぞれに生まれたての声を最高峰の弦楽四重奏団で聴くことが出来ました。そして、ソルビアーティの「ジェラールのための6重奏」は曲の内容の素晴らしさと演奏の完成度の高さが相まって、誰にとっても幸せな時間でした。

 私のレポートはこれで最後になりますが、音楽祭に携われておられるすべての皆様、作曲・演奏の先生方、受講生の皆様、この短評を目に留めてくださった方に心よりお礼申し上げます。来年も再来年も、さらなる発展を遂げ続けるこの音楽祭をどうぞお楽しみに!

評者:神山奈々(第21回武生国際作曲ワークショップ アシスタント作曲家)
1986年、群馬県前橋市生まれ。東京音楽大学付属高校から作曲を専門的に学び、同大学卒業後、同大学院修士課程を修了。第79回日本音楽コンクール作曲部門第3位(2010)、2013年度武満徹作曲賞第3位。近作としては、オーケストラのための『きっと、またここで会えますように』(201年9、広島交響楽団)、ピティナ ピアノコンペティション特級新曲課題『沙羅の樹の 花開く夜に うぐいすは』(2020年)、オーケストラのための『Sky in the ocean』(2021年、トーンキュンストラーオーケストラ)、ヴァイオリンとチェロのための『翅と風媒花』(2022年、武生国際音楽祭初演予定)等。現在、東京音楽大学講師を務める。