本年度の武生国際作曲ワークショップのアシスタントの作曲家・金井勇さんに武生国際音楽祭のレポートを頂きましたので、掲載いたします。
武生国際音楽祭最終日の朝は、「モーニング名曲コンサート」。珠玉の小品が卓越した奏者たちによって次々と披露され、最終日の朝にふさわしい、清々しく豊かな音楽のひとときとなった。
・モーツァルトの歌劇《魔笛》より「夜の女王のアリア」は、オーボエ二重奏による編曲版で演奏された。原曲における声楽の超絶技巧的な旋律をオーボエ1が担い、それを支える内声的な動きや伴奏的要素をオーボエ2が受け持つことで、声楽と伴奏という原曲の関係が、2本のオーボエによる緊密な対話へと置き換えられている。 高度な技巧を要求される演奏性の高い編曲で、山田涼子と江波戸大樹が息の合ったアンサンブルを披露した。
・サン=サーンスの《ロマンス ヘ長調》は、ホルンとピアノによる叙情的な小品。柔らかく温かなホルンの音色に、豊かな歌ごころが感じられる。山本純子がピアノで静かにハーモニーを整えるなか、西川優弥のホルンは滑らかな息遣いで旋律を紡いでいく。繊細で親密な音楽のなかにも、ホルンという楽器が本来持つ凛とした風格がほのかに滲み作品に豊かな陰影を与えていた。
・プーランクの《オーボエ・ソナタ》は、「エレジー(哀歌)」「スケルツォ」「デプロラシオン(悼辞)」の3つの楽章からなる。輪郭の鮮やかな旋律に複雑な色合いを持つ和声が重なり、洗練されたフランス的な感性と深い思索性が織り込まれた作品である。穏やかな哀感からふとした瞬間に覗く鋭いユーモアまで、移ろう表情のなかにプーランク独特の多面的な表情が浮かび上がる。山田涼子の端正で豊かな表情を持つオーボエが旋律を鮮やかに描き、伊藤恵の繊細かつ確かなピアノがその響きを支え、二つの楽器が緊密に呼応する演奏となった。
・ヨアヒム・アンデルセンの《孤独》は、フルーティストとしても活躍した19世紀デンマークの作曲家による、フルートとピアノのための小品。マリオ・カーロリのフルートは、息の長い歌うような旋律で、作品に静かな哀感と深い余韻をもたらす。大宅さおりのピアノは抑制の効いた響きでそっと寄り添い、二人の演奏からは、心の内に静かに沈み込んでいくような孤独の気配が漂っていた。
・マスネの《タイスの瞑想曲》は、もともとオペラ《タイス》第2幕に置かれた間奏曲。享楽に身を委ねてきたタイスが、神への帰依を決意するまでの内面の葛藤と、そこに訪れる精神的な覚醒を描く。静けさを湛えた音楽は次第に熱を帯び、やがて大きな高揚へと至る。揺れ動く心が新たな境地へと向かっていく魂の変容を思わせる。清水伶香の艶やかで情感豊かなヴァイオリンと、伊藤恵の繊細な陰影を描くピアノによって、静かな祈りから内面の高まりへと至る音楽のドラマが丁寧に描き出された。
・続いて吉見友貴がドビュッシーのピアノ作品から2曲を独奏した。 まずは《ベルガマスク組曲》より第3曲「月の光」。ドビュッシーの作品のなかでも最も広く知られた一曲である。吉見のピアノは、美しいアルペジオと繊細な和音を響かせながら、絶妙な緩急によって音楽に揺らぎを与え、聴く者を幻想的で神秘的な世界へと誘った。 続いて《前奏曲集 第2集》より「花火」。活気に満ちた軽やかな音の動きが、夜空に次々と現れる光のように交差し、やがて音楽は密度を増していく。色彩豊かなハーモニーが炸裂するクライマックスは、まるで現代音楽を思わせるほど鮮烈である。吉見は、きらめく音の一つひとつを鮮やかに描き分けながら、音楽の高揚を力強く、かつ軽やかに駆け抜けた。
最後を飾ったのはショーソンの《詩曲》。この作品は、ロシアの作家ツルゲーネフがルネサンス期のイタリアを舞台に描いた小説『勝ち誇れる愛の歌』にインスピレーションを得て作曲されたもの。神秘的な雰囲気のなかから情熱が燃え上がり、やがて音楽は静かな、内省的な表情へと移ろっていく。哀愁を帯びながらも力強く、深い熱情を秘めた音楽の魅力がそこにはある。外村理紗のヴァイオリンが繊細で神秘的な響きから燃え立つような情熱まで音楽の表情を自在に描き分け、吉見友貴のピアノが豊かな色彩と確かな推進力でそれを支えた。二人の緊密なアンサンブルによって、神秘、哀愁、情熱が交錯する《詩曲》の世界が鮮やかに描き出された。


