パコ・ヤニェス氏の武生国際音楽祭評

 武生国際作曲ワークショップに講師として参加した音楽ジャーナリストのパコ・ヤニェス氏が、スペインのインターネット音楽祭メディア「Scherzo」に武生国際音楽祭2022のレポートを連載しています。スペイン語ですが、翻訳ツールなどを利用してぜひご一読ください。

9月4日オープニングコンサートについて

9月6日アルディッティ弦楽四重奏団コンサートについて

9月8日ソプラノと弦楽の調べコンサートについて

9月9日新しい地平I &細川俊夫と仲間たちコンサートについて

9月10日新しい地平II & III &弦楽四重奏の夕べコンサートについて

9月11日ファイナルコンサートについて

9月11日 音楽祭短評②(金井勇)

 16時に開演したファイナルコンサートはまず、上野由恵のフルート独奏によるドビュッシー『シランクス』で美しく神秘的に幕を開けた。ギリシャ神話の精霊シランクスが牧神パンの強引な求愛から逃れきれず、ついには葦に姿を変えてしまい…という悲しみの果てを題材にした20世紀無伴奏フルート曲の金字塔。 今年の音楽祭の中で上野は2つの初演曲(ソルビアーティ作品の日本初演及び拙作の世界初演)をバスフルート、ピッコロにも持ち替えて秀麗に送り届けたほか、ブーレーズ『ソナチネ』を北村朋幹のピアノとともに鮮烈に魅せた。その締めくくりとしての『シランクス』を、(いささか飛躍するが)二度と戻れぬ姿の象徴と準え、延いては今日このコンサートが二度と帰ってこない「一期一会」の瞬間として受取り、そのような心持で沁み入りながら聴き入った。

 次いでアルディッティ弦楽四重奏団によるクセナキス『テトラス』。古代ギリシャ語で「4」を意味するという『テトラス』では4人の奏者が一つの本体として扱われる。特殊な演奏法で生み出されるノイズが終始鳴り響き、音塊が強烈に揺れ動く。クセナキスは2022年が生誕100年にあたり、それを祝いこの音楽祭でもいくつかの作品が上演された。アルディッティ弦楽四重奏団を特集した9月6日のメインコンサートでは『ST/4』が取り上げられ、緊張漲る演奏で聴衆を感嘆させた。オープニングコンサートに始まり、メインコンサートでの特集、2曲の新作(ガルデッラ、中堀海都)の世界初演、クセナキス『アケア』についての公開リハーサル、またウェーベルンやバルトークを演奏する若い弦楽四重奏団の本番前リハーサルへの立ち会いも行い、連日にわたって精力的に活動する姿は大変印象的であった。

 武生国際音楽祭は3つの柱が共存する稀有な音楽祭ではなかろうか。ピアニスト・伊藤恵がプロデューサーとして率いる西洋クラシック音楽の柱。作曲家・細川俊夫が監督する作曲ワークショップが発信する現代の音楽の柱。そして地元・武生の音楽愛好家が参加する合唱団の柱。プログラムの後半は、この「合唱の柱」が主体となるファイナルコンサート恒例のステージである。そしてこの日のために組織されたその「武生国際音楽祭フェスティバル合唱団」を愛情もって牽引した鈴木優人がJ.S.バッハとヴィヴァルディを、満を持して披露した。

ここに、メインコンサートの弦楽奏者の顔ぶれを中心に、コントラバス、オーボエ、トランペットとチェンバロが編入された武生アンサンブルが共演。  受胎告知を受けた聖母マリアが神を賛美する、ヴィヴァルディ『マニフィカト』では合唱を中心に、ソリストの重唱が織り交ざる。第6曲「飢えた者を満たし」での美しい女声二重唱が印象的であった。

 続くJ.S.バッハ『オーボエとヴァイオリンのための協奏曲』では白井圭のヴァイオリンと荒木奏美のオーボエの対話を最小の編成のアンサンブルが包む。鈴木がチェンバロ奏者としてリードし、四戸香那のコントラバスが深い音でもって音楽に立体感を加えた。

 最後はバッハのカンタータ『心と口と行いと生活で』。受胎告知に続く場面でやがてイエスとへの愛と賛美が溢れゆく。10曲の小品が2部構成でまとめられているが、1~6曲目が第1部、7~10曲目が第2部となる。オープニングとなる第1曲は合唱にトランペット(滝村洋子)加わり高らかに始まり、各独唱を経て、再び合唱。このコラールは『主よ人の望みの喜びよ』の曲名でよく知られている。第2部もテノールから始まる各独唱を経て、最後に再び『主よ~』のコラールが登場し、音楽は静けさの中へと収斂する。

 武生国際音楽祭2022はこの曲の演奏の深い感動と興奮の余韻を残し成功裏に閉幕した。

評者:金井勇(第21回武生国際作曲ワークショップ アシスタント作曲家)
東京音楽大学作曲専攻卒業、同大学院修了。2012年、2015年及び2016年武生国際作曲ワークショップ招待作曲家。「新しい地平」における近作としては『from Being』(スロウィンド木管五重奏団)、『to Becoming』(赤坂智子と大田智美)、『邯鄲の夢』(マルコ・デル・グレコ)等がある。また2019年は鈴木優人補筆校訂版のモーツァルト作曲『レクイエム』の武生版オーケストレーションを行った。

9月11日 音楽祭短評①(金井勇)

 9月11日、武生国際音楽祭最終日。この日はまず午前10時30分開演の「ピアノ名曲コンサート」から。

 音楽祭メインコンサートの顔である3人のピアニスト、伊藤恵、北村朋幹、津田裕也が共演するという贅沢なコンサート。ベートーヴェンやショパンのよく知られた名曲を含む7つの珠玉の作品が演奏された。

 最初に伊藤恵コンサートプロデューサーがベートーヴェンの『エリーゼのために』を愛らしく、そして『ピアノソナタ「悲愴」』を情感豊かに聴かせてくれた。次いで北村朋幹が松村禎三『ギリシャに寄せる2つの子守唄』を幻想的に、リスト『巡礼の年』「エステ荘の噴水」を流麗に。続いて津田裕也がショパンの傑作を3曲。『ノクターン「遺作」』を感傷的に、『子犬ワルツ』を軽やかに、そして『幻想ポロネーズ』を絢爛に。

 さらにこのコンサートの締めくくりとしてラフマニノフ『6手のための2つの小品』が6手、つまり3人のピアニストの連弾で披露された。ラフマニノフが従姉妹の3姉妹のために17~18歳に作曲したという珍しい小曲。中声部を担当する北村を柱に、伊藤プロデューサーが上声部をエレガントに、津田が低声部を深く強く紡ぐ。親密な音の景色がしみじみと心に入りこむ。静かに消えゆく響きはあたかも夏の終わりと重なり合う情感であった。

評者:金井勇(第21回武生国際作曲ワークショップ アシスタント作曲家)
東京音楽大学作曲専攻卒業、同大学院修了。2012年、2015年及び2016年武生国際作曲ワークショップ招待作曲家。「新しい地平」における近作としては『from Being』(スロウィンド木管五重奏団)、『to Becoming』(赤坂智子と大田智美)、『邯鄲の夢』(マルコ・デル・グレコ)等がある。また2019年は鈴木優人補筆校訂版のモーツァルト作曲『レクイエム』の武生版オーケストレーションを行った。

9月10日 音楽祭短評(木下正道)

 10日の演奏会は3つある(新しい地平II、III、弦楽四重奏の夕べ)のですが、当日のゲネプロ(通し練習)も勿論行います。3公演分、全部で13曲を、最初の演奏会の開場時間までに終えなければなりません。ということは朝早くから始まるということで、この日は8時50分からでした。そして、演奏曲目順にやっていると、ピアノを頻繁に動かしたり、奏者が無駄に待たされたりなどの不都合が生じるので、他の練習のスケジュールも見つつ、なるべくスムーズに流れるように、ゲネプロの順番を組んでいます。私はもうかなり長い間この作業をやっていますが、今年が最も複雑だったかもしれません。普通はこういうことをやるとパニックに陥ると思いますが、武生の裏方は世界最高水準ですので、テキパキとこなすことができます。
 というわけでこの日もなんとか予定していた開場時刻に間に合い、お客様をお待たせし過ぎずにご入場いただけました。尺八の田嶋先生が事情で来られなくなってしまったので、高木日向子さんの作品を演奏できなかったのは残念でした。その代わりに小林純生さんの作品を鈴木俊哉さんの独奏で演奏致しました。
 IIは割と静謐な作品が並んでいたと思います。武生のホールは小さな音でも響きに埋もれることなく十分聴き取ることができます(かつ十分に残響はあるのです)ので、このような作品たちにはうってつけです。最後を締めたブーレーズのソナチネは、アンサンブルの新たな可能性を感じさせる知的かつ抉りの効いた演奏だったと思います。
  IIIはワークショップの講師の作品が中心でした。サックスの演奏技術の限界に挑むソルビアーティ作品、つねに揺れ動き、響きが変容するパレデス作品など、充実した演奏会でした。
 「弦楽四重奏の夕べ」は、ウェーベルンのop28、バルトークの4番、ベートーベンの14番という極め付きの名曲が並びました。武生のホールですと、各奏者の息遣いや細かい音形のニュアンスがしっかりと聴き取ることができます。演奏は勿論切れ味、叙情性、構成感など申し分なく、弦楽四重奏の深い歴史と喜びに満ちた音楽を堪能いたしました。

評者:木下正道(第21回武生国際作曲ワークショップ アシスタント作曲家)
1969年、福井県大野市生まれ。2013年からは「武生国際音楽祭・新しい地平」の運営アシスタントを務める。ここ数年は主に室内楽曲を中心として年間20曲程度を作曲、初演。現在は、様々な団体や個人からの委嘱や共同企画による作曲、優れた演奏家の協力のもとでの先鋭的な演奏会の企画、通常とは異なる方法で使用する電気機器による即興演奏、の三つの柱で活動を展開する。東京近辺で活動する現代音楽に関心を寄せる演奏家のほとんどがその作品を初演、再演している。

9月9日 音楽祭短評②(神山奈々)

 9月9日(金)メインコンサートは、「細川俊夫と仲間たち」。前半は、細川俊夫の作品が並びました。ライブ録音をしながらのコンサートは、聴衆にとっても、演奏家にとっても緊張感のある時間です。大石将紀さんのソロは、音のコントロールが素晴らしく、 息を飲むPPPの美しさ。半田美和子さんのソプラノは、細い絹糸のようなしなやかで強い音色です。吉野直子さんのハープは気高く、葛西友子さんのパーカッションは色彩豊かでした。

 また、後半では、アルディッティ弦楽四重奏団によるフェデリコ・ガルデッラと中堀海都の新作2作が初演され、それぞれに生まれたての声を最高峰の弦楽四重奏団で聴くことが出来ました。そして、ソルビアーティの「ジェラールのための6重奏」は曲の内容の素晴らしさと演奏の完成度の高さが相まって、誰にとっても幸せな時間でした。

 私のレポートはこれで最後になりますが、音楽祭に携われておられるすべての皆様、作曲・演奏の先生方、受講生の皆様、この短評を目に留めてくださった方に心よりお礼申し上げます。来年も再来年も、さらなる発展を遂げ続けるこの音楽祭をどうぞお楽しみに!

評者:神山奈々(第21回武生国際作曲ワークショップ アシスタント作曲家)
1986年、群馬県前橋市生まれ。東京音楽大学付属高校から作曲を専門的に学び、同大学卒業後、同大学院修士課程を修了。第79回日本音楽コンクール作曲部門第3位(2010)、2013年度武満徹作曲賞第3位。近作としては、オーケストラのための『きっと、またここで会えますように』(201年9、広島交響楽団)、ピティナ ピアノコンペティション特級新曲課題『沙羅の樹の 花開く夜に うぐいすは』(2020年)、オーケストラのための『Sky in the ocean』(2021年、トーンキュンストラーオーケストラ)、ヴァイオリンとチェロのための『翅と風媒花』(2022年、武生国際音楽祭初演予定)等。現在、東京音楽大学講師を務める。