【2023レポート】①オープニングコンサート(金井勇氏)

武生国際音楽祭2023が開幕し、9月3日(日)にオープニングコンサートが開催されました。今年も、武生国際作曲ワークショップに参加されている作曲家の皆様にレポートをお願いしました。第1弾は金井勇さんです!

 武生国際音楽祭2023が開幕した。9月3日の初日はメインコンサートに出演する演奏家が一堂に会すオープニングコンサートで華やかに幕を開け、バッハから細川俊夫音楽監督の近作に至るまでの12曲が演奏された。

 瀧口修造の『手づくり諺』の一節 “Qui va là?”(「誰か?」)と発声することで印象的に始まる武満徹のフルート独奏曲『ヴォイス』は、曲目が暗示するかの如くフルートを声の拡張として捉えることで楽器と身体の境界を不明瞭にする試みがなされている。上野由恵が自身の声と多用される異化された音響とのミクスチュアを強靭に投げかけた。

 次いでハンガリー出身のエルンスト・ドホナーニのフルートとピアノのための小品。2曲から成るうちのその第1曲『アリア』をマリオ・カーロリが清らかに、伸びやかに歌った。大宅さおりによる明澄なピアノ。

 続いてクァルテット・インテグラが登場し、バルトーク・ベーラの『弦楽四重奏曲第6番』のうち、本日は第3楽章を演奏した。4つの楽章からなるこの作品は各楽章が「メスト」と題される悲歌を伴う特異な内容を持つ。第3楽章はヴァイオリンが導くメストから「ブルレッタ(いたずらっぽく)」と指示される荒い舞踊に変転する。クァルテット・インテグラは悲痛に張り詰める「メスト」と活力溢れる「ブルレッタ」を鮮やかに対比して魅了した。なお、この作品は9月5日のメインコンサートにて全楽章が演奏される。

 バルトークが続き『無伴奏ヴァイオリンソナタ』のうちの第2曲「フーガ」。強奏される断片的な主題が応答を伴って集積されるが、終盤に至るまで楽想は荒ぶる。毛利文香のしなやかなかつ立体的な演奏に心を打たれた。

 1挺で描く宇宙。その壮大なイメージを具現化する無伴奏ヴァイオリン作品の傑作として音楽史に燦然と輝くJ・S・バッハの作品群。その中の『無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番』、第3楽章「アンダンテ」を郷古廉が崇高に表現した。一聴、心優しげな楽想でありながら、旋律と伴奏の2声を同時に演奏するという高度な曲である。一音一音に生命が吹き込まれる気高い瞬間を共に歩む感慨を覚え、その清澄な響きに身を浸すような幸福な体験となった。

 一転してアルゼンチンタンゴの奇才アストル・ピアソラの『センティード・ウニコ』を大田智美のアコーディオン独奏で。激しく情熱的なリズムと哀愁をおびた旋律の対比の妙が聴衆を大いに魅了し刺激する。

 武満徹はギターをこよなく愛した作曲家として知られ、多くの傑作を残した。『ギターのための12の歌』は民謡からビートルズに至るまでのポピュラー・ソングの編曲であるが、「アレンジ」に留まらない新たな「作品」としての体を為す。このうちの3曲をスウェーデン出身のジェイコブ・ケラーマンが情感豊かに届けてくれた。

 後半は音楽監督の細川俊夫の近作から。田嶋直士の尺八と鈴木俊哉のテナーリコーダーのために作曲された2重奏曲『マナ』。似て非なる2つの管楽器に吹き込まれ、呼び交わし合う息の競演。マイクを通して拡張された音響の効果も相まって、立ち昇るエコーからは深山の情景、あるいはタイトルの意味とも通じ合う、遠い原始の祝祭の場を想起させる。

 続いて、これまでにも武生国際音楽祭に出演しているソプラノのイルゼ・エーレンスが北村朋幹のピアノとともにシューベルトの小品を3曲。近年はオペラのタイトルロールも演じる彼女の表情溢れる演奏に束の間の陶酔を味わった。

 ベートーヴェンの晩年に作曲された作品の中でも傑作の一つに数えられる『弦楽四重奏曲第13番』。6楽章で構成される大曲の第4、第5楽章が白井圭のヴァイオリンをトップに頂く指折りのメンバーで演奏された。優雅に舞う4楽章に身を躍らせながらも、静かで熱い詩情を湛えた続く5楽章では、その抒情的な歌に秋の訪れを予感した。

 ベートーヴェンの余韻に重なるように、次いでドヴォルザークの『ピアノ三重奏曲第4番』。ウクライナ語で「憂い」といった意味を示す「ドゥムキー」の副題が付く。本日はその第5、6楽章を。ヴァイオリン(外村理紗)、チェロ(上野通明)、ピアノ(北村朋幹)の3者それぞれの名技性が十分に発揮された。リリカルに、ダイナミックに、織りなす楽想の陰影と色彩が浮き彫りになる。  オープニングコンサートの最後を飾ったのはブラームスの『クラリネット三重奏曲』の第1楽章。クラリネットを(ブラームスの提案もあるように)ヴィオラに持ち替えた版での演奏で、上海出身のルオシャ・ファンのヴィオラ、岡本侑也のチェロ、そしてコンサートプロデューサーの伊藤恵のピアノによる。三位一体の響きが実現され、対話の妙が光る。最後はヴィオラとチェロの密やかな会話をピアノが優しく包み込みこむような美しい場面であった。 (金井勇)