【2024レポート】細川俊夫と仲間たち―アルディッティ弦楽四重奏団を迎えて― (9月6日)

武生国際音楽祭2024に参加中の作曲家・神山奈々さんに、9月6日 「細川俊夫と仲間たち―アルディッティ弦楽四重奏団を迎えて―」コンサートの模様をレポートしてもらいました。

9月6日(金)メインコンサートは、「細川俊夫と仲間たちーアルディッティ弦楽四重奏団を迎えてー」。

前半は、ルイジ・ノーノの作品「. . . . .苦悩に満ちながらも晴朗な波…」から始まりました。エレクトロニクスの使用はこの音楽祭にとってチャレンジングな試みです。1976年に録音された音に、身体を使いながら対峙したのはピアノの北村朋幹。録音の残響を丁寧に聴きながら、自らはピアノから発音し空間性をコントロールして聴衆を未知の場所へと導きます。生のピアノの音と空間的に配置された4つのスピーカーによる音響が混ざり合い新しい空間が作られていく様子はインプロヴィゼーションの要素もあり、時にはピアノが影になり、時には録音が影になるヴェネツィアの街のよう。1976年と今日が一つになる瞬間を体験することが出来ました。

続く上野ケンの新作は、「陰影礼賛」。ボイスパフォーミングを含む幅広い創作活動を展開するアーティストが弦楽四重奏という古典の編成にどのように向き合ったかを垣間見るような力作でした。微分音セリーによるミニマルミュージックの手法がアメリカ的に感じられました。

イルダ・パレデスの作品、ピアノと弦楽四重奏のための「ソブレ・ディアロゴス・アポクリフォス」はアルディッティ弦楽四重奏団の良さを熟知した弦楽の書法が際立ちます。そのためメンバーは、とても楽しそうに演奏しており、音楽も遊び心のある明るいものでした。私は、この作品を先週サントリーホールでも聴いていますが、残響の長い越前市文化センターはとても良いバランス。またピアノの内部奏法、ミュートの調整が初演を経て育ってきた印象がありました。この曲でも北村さんは献身的に大活躍でした。

続くリゲティの弦楽四重奏曲第2番は、この弦楽四重奏の「顔」のような演奏で、素晴らしい内容の作品に触れることが出来、気が引き締まる思いでした。事前にアルディッティによるクァルテット・インテグラのマスタークラスを見学していた作曲ワークショップの受講生にとっては、大変勉強になる経験となったことでしょう。

最後は細川俊夫の最近作、ピアノの北村とアルディッティ弦楽四重奏団のために書かれた「オレクシス」。美しい絵巻物をピアノの音がめくっていくような作品でした。聴衆の皆さまが息の長い音楽に素晴らしい演奏でひき込まれていく様子を感じながら、武生の歴史、そしてこの音楽祭の未来について思いを巡らせた演奏会となりました。(神山奈々)

【2024レポート】作曲ワークショップ(9月5日)

武生国際音楽祭2024に参加中の作曲家・我妻英さんに、9月5日作曲ワークショップの模様をレポートしてもらいました。

この日の作曲ワークショップは、午前に受講生の公開レッスンがおこなわれ、午後のはじめに塚本瑛子による自作についてのレクチャーが労働福祉会館でおこなわれた。

 塚本はベルリン在住でドイツを中心に国際的な活躍を展開しており、若い世代を代表する実力派作曲家。2007年に初めてこの武生国際音楽祭を訪れてから本格的に現代音楽への歩みを始めたという塚本。そのレクチャーはまず、音という現象や作曲という行為についての彼女自身の思索を語ることから始められた。

音は現象物理学的に存在し客観的に観測可能なものだが、我々が音楽作品を聴いたり創作したりする場合、それはしばしば一人一人のプライヴェートな感覚に基づく(どう聴こえるかといった他人の感覚は分からない)。また、音楽を受け取る聴覚とその他の感覚には大きな違いがあり、例えば、視覚の場合、目に映る物はずっと存在しており実際に触れることも出来る一方、聴覚の場合は、他の感覚で補えるものが無い、と塚本。作曲とは、サウンドそのものの操作が目的ではないと述べた。音符を含めた音楽のNotationは書かれたものに対応する何かが存在するという前提で成り立っているが、実際にはありとあらゆる複雑な要素をひとつの記号に代表させている、という本質的な指摘。このように、音楽以前にそれを構成する音というものの特性を思考し、作曲という行為の根源や意義を問う姿勢のレクチャーは、受講生にとって自らの創作を改めて見つめ直す貴重な機会になっただろう。

作品は、モダン楽器に比べて音色が不均質という特性を生かすべく試みられたバロック・ファゴットの独奏曲、共同体をテーマに奏者の発話やハミングを用いて脱作品化を図ったピアノの独奏曲、そして音楽の一要素としての静寂や沈黙の力に気付かされたアンサンブルの作品と充実した3作がレクチャー内で取り上げられ、受講生は集中して耳を傾けていた。

続いて、越前市文化センター小ホールにてアルディッティ弦楽四重奏団による公開マスタークラスがおこなわれた。

 現代音楽に於いて世界最高峰の演奏団体であるアルディッティ弦楽四重奏団は、今年結成50周年を迎え、今夏来日している。今回は、クァルテット・インテグラの演奏するリゲティ作曲《弦楽四重奏曲第2番》を指導した。アルディッティ弦楽四重奏団のメンバーの助言は、ハーモニクス奏法で高次倍音を奏でる場合の指の押さえる角度や弓の圧力の掛け方に至るまで極めて実践的なものだった。ノイズを生じさせる奏法に於いても、徹底して厳密な音色の追求がなされたのがひときわ印象的であった。もとより驚異的な精度で聴かせたクァルテット・インテグラの演奏は会場の聴講者全員の感嘆を招いたが、アルディッティ弦楽四重奏団の指摘を受けて即座に反応しさらなる高い次元を実現していく様子はまさに圧巻。メンバー間で時折交わされるユーモアにも和まされつつ、会場は白熱した空気に包まれた。

 この公開マスタークラスは、森紀明が通訳を担当。自身も作曲家・演奏家の顔を持つ彼は、複雑な楽曲の構造や専門的な演奏法などについての内容も聴講者に伝わる明快な通訳をおこない、公開マスタークラスの円滑な進行に貢献してくれた。この場を借りて感謝したい。(我妻英)

【2024レポート】フルート&ハープの名曲と「浄夜」 (9月5日)

武生国際音楽祭2024に参加中の作曲家・神山奈々さんに、9月5日 フルート&ハープの名曲と「浄夜」コンサートの模様をレポートしてもらいました。

9月5日(木)メインコンサートは、フルート&ハープの名曲と「浄夜」。コンサートの前半はフルートとハープという編成に焦点あてたプログラム。フルートはマリオ・カーロリ、ハープの吉野直子で演奏されました。1曲目のロータ作曲のソナタは、可憐な楽曲。2楽章の弱奏の表現が際立つ演奏でした。続くジョリヴェ作曲の嬉遊曲「素朴に」は牧歌的で親しみやすいメロディの一方で緻密なアンサンブルが要求される技巧的な楽曲。ヴィルトゥオーゾの演奏によるフルートの音色の多彩さには驚かされました。

クラ作曲の「組曲」は、反復されるアフリカのリズムが特徴的な楽曲。未知の世界への憧れを明るく感じさせるような躍動的な演奏を実現していました。

細川俊夫作曲「アラベスク」は、フルートとハープにヴィオラを加えた編成でした。ヴィオラはこの音楽祭に毎年参加している田原綾子です。ハープによって作られる「場」からフルートとヴィオラが生まれてくるような音楽。終盤のハープソロが際立って美しく素晴らしい演奏でした。

 演奏会の後半はシェーンベルク作曲、弦楽六重奏曲「浄夜」。ヴァイオリンは、白井圭、山根一仁。ヴィオラは、山本周、田原綾子。チェロは、上野通明、柴田花音。
 まず後期ロマン派の作品を演奏する上で、物語を含んだ楽曲の構造を全員が前提として自然に理解し共有していることが素晴らしかったです。また、この曲は大変演奏が難しい弦楽合奏ですがそれを全く感じさせず、高い集中力で退廃的かつ繊細な表現を作っていたことに驚嘆させられました。曲の後半、調性が明転してからの部分は高らかに歌いすぎず、温かく優しいチェロの旋律が柔らかな希望のように響きました。(神山奈々)

9月6日19時30分~ 細川俊夫と仲間たち 曲順変更のご案内

本日の細川俊夫と仲間たちの曲順が変更されております。遠方から来られる方は特にご注意ください。
1. ノーノ:. . . . .苦悩に満ちながらも晴朗な波…
2. 上野ケン:陰影礼賛
3. パレデス:ソブレ・ディアロゴス・アポクリフォス
4. リゲティ:弦楽四重奏曲第2番
5. 細川俊夫:オレクシス

【2024レポート】〈うた〉で結ばれたウィーン音楽の伝統 (9月4日)

武生国際音楽祭2024に参加中の作曲家・我妻英さんに、9月4日 〈うた〉で結ばれたウィーン音楽の伝統 コンサートの模様をレポートしてもらいました。

 「声」こそは、人間が恐らく最初に手にした楽器だろう。そして「うた」は、人間が声という楽器を通して初めて知った音楽に違いない。ゆえに、声とうたは音楽の始源。『〈うた〉で結ばれたウィーン音楽の伝統』と題されたこの演奏会は、西洋音楽の中心都市ウィーンで築かれてきた〈うた〉の伝統に思いを馳せながらその歴史を辿る旅となった。

 演奏会は、イルゼ・エーレンスのソプラノとジェイコブ・ケラーマンのギターによるシューベルトの3つの歌曲《万霊節のための連祷 D 343》《死と乙女 D 531》《君こそやすらい D 776》で幕を開けた。エーレンスは一曲一曲キャラクターの異なる圧倒的な歌唱で聴衆を魅了し、ケラーマンのギターはシューベルトのリートが持つ素朴で親密な表情を存分に描いた。

 続いて、シューベルトの死の僅か2か月前に作曲された歌曲《岩上の羊飼い D 965》。エーレンスの力強い歌唱に北村朋幹のピアノと上田希のクラリネットが呼応するドラマは、先のギターとの協演とはまた異なった劇的世界観を提示し、ひとつの小さな交響曲さながらであった。

 マーラーの音楽が持つシューベルトとの親近性はしばしば指摘される。しかし、それに加えて80年ほど時代を下ったマーラーの歌曲には、後期ロマン派に特有の複雑な響きが陰影を落とし、それはときに人間の深層心理を浮かび上がらせる。マーラーの《リュッケルト歌曲集》からの3曲で描かれる甘美な退廃と明暗の色彩、そして激しい恍惚。これらに表れた新ウィーン楽派の音楽へもうあと一歩という趣を、エーレンスと北村が美しく表現した。

 ここで、今年のテーマである弦楽四重奏の世界へ。ベートーヴェンの《弦楽四重奏曲第7番 Op. 59-1「ラズモフスキー第1番」》は、当時35歳だった楽聖の「音楽革命家宣言」ともいうべき内容を持ち、その先進性は時代を越えて今なお色褪せない。クァルテット・インテグラの演奏は鮮烈の一言に尽き、ベートーヴェンの革新的な音楽性を余すところなく浮き彫りにした。

 演奏会の最後は、新ウィーン楽派の代表者で今年生誕150年を迎えたシェーンベルクの《弦楽四重奏曲第2番 Op. 10》から第3楽章と第4楽章。本作中のこの日演奏された2つの楽章は、弦楽四重奏曲としては極めて例外的にソプラノ独唱が入ることで知られる。歌われるのはドイツの象徴主義の詩人シュテファン・ゲオルゲの超現実的なテクスト。音楽の歴史を革新した弦楽四重奏曲という点に於いて約一世紀前の先のベートーヴェンとの共通項があり、直接交流のあった15歳ほど年長のマーラーの後期ロマン派の音楽性を継承し、またソプラノ独唱に於いてはシューベルト以来のドイツ・リートの歴史のひとつの到達点という意味で、当夜のプログラムは最後のシェーンベルク作品で見事な帰結を見ることとなった。エーレンスの情熱的な独唱とクァルテット・インテグラの精緻な演奏は、爛熟した表現主義から実った最良の果実のひとつというべきこの作品の充実ぶりを見事に描き尽くし、聴く者に熱い思いを抱かせた。(我妻英)