【2024レポート】モーニング名曲コンサート(9月8日)

武生国際音楽祭2024に参加中の作曲家・神山奈々さんに、9月8日に開催されたオープニングコンサートの模様をレポートしてもらいました。

9月8日(日)モーニング名曲コンサートは、フルートの上野由恵とギターのジェイコブ・ケラーマンによるピアソラ作曲「タンゴの歴史」より「売春宿1900」「カフェ1930」の演奏で始まりました。ピアソラはナディア・ブーランジェに師事するなどクラシックの素養を持ち合わせたタンゴの改革者ですが、そのような背景から再現性の高い楽譜が他のジャンルの演奏家に多くの演奏の機会を与えています。フルートとギターのアンサンブルでは、正確なリズムと音程で聴くエレガントなタンゴが印象的でした。

続く細川俊夫の「日本の歌」は親しまれている唱歌を中心に四季折々の12曲が詰め込まれた珠玉のギター編曲作品集。ケラーマンにより5曲が演奏されました。CDも発売されたばかりなので聴き比べが楽しみです。「2つの日本民謡」より「五木の子守唄」は、上野とケラーマンのデュオ。間合いを伺いながらの演奏は余裕のあるお二人ならではの名演でした。

モーツァルト作曲、アンダンテと変奏曲ト長調K.501はピアノの伊藤恵と北村朋幹の連弾。サロンで聴いているような細やかな表現を楽しみました。二人の物理的距離が近いからこそ生まれてくる即興的な駆け引きに耳が離せない演奏。ラフマニノフ作曲、2台ピアノのための組曲第2番Op.17は、打って変わって二台ピアノの編成です。2台ピアノでしか作れない同じ音域を重ねる重厚さがラフマニノフのハーモニーと相まって独自の音響を生み出している曲です。ピアノが2台になるとお二人の音色の似ている所と違う所を明確に聴くことが出来ました。息のあった素晴らしいアンサンブルは長年の信頼関係とコミュニケーションで作られている様子でした。 (神山奈々)

【2024レポート】ファイナルコンサート(9月8日)

武生国際音楽祭2024に参加中の作曲家・我妻英さんに、9月8日に開催されたファイナルコンサートの模様をレポートしてもらいました。

 演奏会の幕開けは、白井圭のヴァイオリンと上村文乃のチェロ、吉野直子のハープによるヘンデルの《ヴァイオリン・ソナタ イ長調 Op. 1-3 HWV361》。通常はチェンバロで演奏されることの多い通奏低音パート、今回は吉野のハープによって華麗な色彩を纏うこととなった。緩急自在な白井のヴァイオリンと阿吽の呼吸で支える上村のチェロは、たちまち聴衆を優雅な音楽世界へと惹き込んでいった。

 続いて、上野由恵のフルートでヴァレーズ作曲《密度21.5》。曲名は、委嘱者が初演で吹き初めした世界初の白金(プラチナ)製フルートの材質の密度に由来する。キーを打つ音などの奏法も駆使しフルート作品の歴史に革新的な一歩を残した名作を、上野は入魂の表現で魅了。空間を切り裂くような鋭い最高音さえも美しく、会場に深い余韻が広がった。

 ここで、急遽ジェイコブ・ケラーマンのギターによる演奏がサプライズ的におこなわれた。本音楽祭の音楽監督 細川俊夫がケラーマンのために2022年に編曲した《日本のうた》から「通りゃんせ」「赤とんぼ」など誰にも馴染みがある5曲を演奏。聴く者の郷愁を誘う、切なくも味わい深い至福のひとときとなった。

 後半は、武生国際音楽祭フェスティバル合唱団が登壇して、音楽祭に参加している世界的演奏家により編成された特別なオーケストラとの協演が繰り広げられた。指揮は、第1回ひろしま国際指揮者コンクールで優勝ならびに細川賞受賞の俊英で、前日の新しい地平コンサートⅢにて上野ケン作品の世界初演でも鮮やかなタクト捌きを魅せた大井駿。

 宗教改革記念日のためにバッハが書き下ろしたといわれる《カンタータ第80番「われらが神は堅き砦」BWV80》は、壮麗なニ長調のフーガで幕を開けた。その後のアリアやレチタティーヴォや二重唱では、イルゼ・エーレンス(ソプラノ)、小林あすき(アルト)、髙木太郎(テノール)、山下哲弘(バス)による独唱陣の美しくも力強い歌唱が聴衆の心に訴えかける。指揮者の大井はいくつかの曲でオルガンのパート(キーボードによる演奏)を兼任し、古賀裕子のチェンバロと併せて音楽を彩った。

 演奏会の最後は、モーツァルトが18歳で作曲した《ディクシットとマニフィカート ハ長調 K. 193》。今回は、作曲ワークショップアシスタントでもある作曲家 金井勇によるこの公演のための特別な編曲による演奏となる。作品は、ヴェスペレと呼ばれる夕方の礼拝(晩課)の次第の中から開始曲と終曲にのみ作曲されたもので、コンパクトな規模ながら神童モーツァルトの天性の筆致が存分に表れた内容である。金井の編曲は原曲に無いヴィオラやオーボエのパートを加え編成を拡張したもので、より一層豪奢な音響が実現。フェスティバル合唱団とオーケストラの輝かしい演奏に、会場は大いに盛り上がりを見せた。熱狂の中これにて閉幕となった武生国際音楽祭、来年への期待も大きく高まる。(我妻英)

【2024レポート】新しい地平コンサートI・II・III(9月6・7日)

武生国際音楽祭2024に参加中の作曲家・我妻英さんに、9月6・7日に開催された新しい地平コンサートI・II・IIIの模様をレポートしてもらいました。

 武生国際音楽祭の魅力は、第一線で国際的活躍を見せる演奏家たちによる古典のレパートリーの名演奏と併せて、〈いま〉の音楽の姿を伝える最新の作品が特集されることにもある。2日間、3公演にわたっておこなわれた「新しい地平コンサート」では、力の入った現在進行形の創作を全身で感じ取ることの出来る充実のプログラムが展開された。

 9月6日(金)の「新しい地平コンサートⅠ」は、世界初演を3曲含む濃密な内容となった。中でも印象的だったのは、三浦則子《遮断された橋の上で》での上村文乃(チェロ)と山本純子(ピアノ)の演奏に於ける極度の集中力。人々を繋ぐ橋、生者と死者の間を繋ぐ橋。それらの橋が遮断され失われた現代世界に満ち溢れる悲しみ、なおも橋を架けることへの願い。作品に託された重い問い掛けを、二人の演奏は緊張感の張り詰めた切実極まる表現で客席に届けた。

 翌日9月7日(土)の「新しい地平コンサートⅡ」は、多数の世界初演・日本初演を含め全8曲が一堂に会する重量級のプログラム。とりわけ本公演の白眉は、最後を飾った西村朗の《弦楽四重奏曲第5番〈シェーシャ(聖蛇)〉》であろう。奇しくも西村の命日から丁度1年後のこの日に、生前深い信頼関係で結ばれたアルディッティ弦楽四重奏団によってこの作品が演奏される巡り合わせに思いを馳せつつ、その生命力に満ちた音楽に全ての聴衆が固唾を呑んで聴き入った。

 続いての「新しい地平コンサートⅢ」では、今年の招聘作曲家 上野ケンによる新作の衝撃的な世界初演がまず特筆に値しよう。鈴木俊哉の卓越したリコーダー演奏を独奏に想定し映像や音声をも駆使した総合アート的な作品は、演奏会冒頭に置かれた上野ケンのヴォーカル・パフォーマンスと併せて、従来の音楽の概念を超越した稀有な試みとして会場の熱狂的な反応を招いた。後半は、再びアルディッティ弦楽四重奏団が登場し、塚本瑛子(世界初演)と坂田直樹の最新作を演奏。繊細にして豊饒な世界が立ち上がった。

 紙幅の都合で数々の素晴らしい作品と演奏に個々に触れられないのが残念だが、こうした現代の創作の生々しい息遣いを居合わせた聴衆の一人一人が各々の自由な感性で受け止める会場の熱い空気もまた、この音楽祭のかけがえのない財産であることを感じた。

 最後に、今回私はこれらの公演のリハーサル・スケジュールの作成を担当し終日舞台裏に立ち会ったが、本番に全神経を集中させる演奏家たちを細やかな気配りでサポートし演奏会の円滑な進行に貢献する、照明・音響から舞台転換に至るまでの現場の全てのスタッフの尽力に深い感銘を受けた。また、現代作品の演奏ではピアノの内部奏法も用いられるため、細心の調律や楽器の調整が不可欠である。こうしたプロフェッショナルな方々の精密な仕事があってこその演奏会の成功。心からの感謝を捧げずにはいられなかった。(我妻英)

【2024レポート】作曲ワークショップ(9月6日)

武生国際音楽祭2024に参加中の作曲家・金井勇さんに、9月6日作曲ワークショップの模様をレポートしてもらいました。

作曲ワークショップでの講義は9月6日(金)が最終日。午前は招聘講師の哲学者・柿木伸之が「今、オペラを創るために-現代世界における音と言葉―と題した興味深いレクチャーを行なった。美学を中心に哲学を専門とする柿木は、来夏に予定されている細川俊夫のオペラ『ナターシャ』上演を見据え、「オペラとは何か」という問いを現代における音と言葉の結びつきから掘り下げた。

講義ではまず思想家ベンヤミンの言語論が取り上げられ、言葉が単なる伝達手段ではなく、存在を証言し、他の存在と響き合うものとして捉えられる点が強調された。具体的には、ベンヤミンは、言語が物事の存在を明示化し、その本質を引き出す力を持つと述べている。また、ベンヤミンは芸術を一種の「言語」と見なし、それが自然界の音や物質の言語と深く関わるとしている。その一例として、自然の音を新たな音楽の言語として創造した試みとしてオリヴィエ・メシアンの『鳥のカタログ』紹介された。ここからさまざまな言語/言葉と音楽の深い結びつきを問う、その形式としてのオペラ、そしてその多声性・多言語性に触れ、芸術の自由の創造と新たな音楽言語の誕生が結びついていることが示されている。

講義ではその追究としてのルイジ・ノーノのオペラ『イントレランツァ(非寛容)』が取り上げられた。この作品は1950年代から1960年代の社会的・政治的状況を反映しており、伝統的なオペラの枠を超えて、多層的な音楽表現と新たな音楽言語を探求している。強烈な緊張感と音響の変化が際立ち、多様な声やテクストを用いて観客に強いメッセージを伝えるこの作品は、多次元的に移民労働者や社会的な問題を描き、現代の「地獄」を体験させる特徴がある。現代の社会問題が予言的に描かれ、音楽の新たな表現を模索する重要な意義を持つ。

柿木はこのように、音楽とオペラを介して提供される現代の社会問題に対する深い洞察と、多声性を通じて広げられる音楽の表現の可能性について『イントレランツァ』を通して言及した。

この考察を踏まえ、講義の結論としてカントの哲学が引用され、他者との間で言語が創造されることが真の自由の実現に繋がると力説された。

この充実した講義は、作曲ワークショップの参加者に対して創作に向き合う上での大きな励ましとなっただろう。(金井勇)

【2024レポート】ピアノと弦楽の競演 (9月7日)

武生国際音楽祭2024に参加中の作曲家・金井勇さんに、9月7日 「ピアノと弦楽の競演」コンサートの模様をレポートしてもらいました。

9月7日(土)は伊藤恵プロデュースの第2弾「ピアノと弦楽の競演」コンサートが行われた。

1曲目はアルバン・ベルクの『クラリネットとピアノのための4つの小品』。それぞれ非常に短い小節からなるミニアチュールの作品。上田希のクラリネットと伊藤恵のピアノ。

第1楽章は上田のミステリアスな問いかけに、伊藤が明澄なピアノで答える。その連なりが刹那の火花を散らし、燃え上がる瞬間へと誘う。幻想的なピアノの中から静けさを湛えた「うた」が立ち昇る第2楽章。第3楽章ではおどけた表情の疾走の際で急激に落とすテンポの落差が劇的であり、スタッカートやフラッターツンゲといったテクニックが効果的に響く。第4楽章では深く沈む伊藤のピアノの中で、上田のスーパー・ピアニッシモが静寂を醸し出す。エンディングに向かう、両者の反復の強靭な響きの交錯が印象的であった。

2曲目はブラームスの『ピアノ五重奏曲目ヘ短調 作品34』。伊藤恵のピアノとクァルテット・インテグラの共演。

深淵で情熱的な第1楽章。煌めきを予感させるクァルテット・インテグラの一体化した響きが、伊藤の華やかさを湛えた揺るぎないピアノの身振りと重なり合い、音楽の織り成す一瞬の光が浮かび上がる。情熱から一転した第2楽章は静かな抒情。ピアノの柔らかい旋律を弦が穏やかに包み込む。第3楽章は勇壮な主題で前進するスケルツォ。静寂との対比による交代劇。ピアノと弦楽の毅然とした音調が雄大に響き渡る。そして緊張と弛緩が交差する第4楽章。深く陰鬱に沈み込むピアノと、そこから立ち現れ飽和する弦楽。変転してユニゾンで情動的に立ち上がる瞬間との交融。その対比の妙が圧巻であった。

後半はメンデルスゾーンの弦楽八重奏曲。瑞々しく立ち上がる軽やかな歌が、豊かな会話となってヴァイオリン間で交わされ、豊かで多層的な構造を形成する第1楽章にまず、聴衆は大いに魅了された。

第2楽章に入るとヴィオラに導かれチェロが悠然と歌い出し、山根一仁のヴァイオリン・ソロが、伸びやかな音色で奏でられ、楽曲の親和性を鮮やかに引き継いでいる様子が魅力的であった。

目まぐるしく、しかし密やかに疾走する第3楽章では、随所で交わされる短い会話が織り交ぜられ、心踊る軽快な音楽が展開された。

チェロのトレモロで鮮烈に始まる第4楽章。凝縮された強靭なエネルギーが奏者たちの間を駆け巡り、音の波は炎のように燃え上がる。その響きは胸の奥底を深く揺さぶり、凛とした美しさと圧倒的な力強さに満ちていた。(金井勇)