【2025レポート】「ピアノと弦楽の調べ」コンサート(9月2日)

武生国際音楽祭2025に参加された作曲家・金井勇さんから、「ピアノと弦楽の調べ」コンサートのレポートが届きました。

9月2日(火)のメインコンサートは、伊藤恵プロデュースによる第1弾。「ピアノと弦楽の調べ」と題されたコンサートでは、気品と風格を湛えたプログラムが展開された。

幕開けは伊藤恵コンサートプロデューサーによるピアノと、荒井理桜のヴァイオリン、山本周のヴィオラ、柴田花音のチェロによるモーツァルト『ピアノ四重奏曲第2番』(変ホ長調)。抒情性と明るさをたたえ、調和と均整を宿す柔らかな旋律が丁寧に紡がれていく。第1楽章は冒頭から、伊藤の華美さを抑えた力強く、しかし優しさに満ちたピアノが弦楽器を巧みに誘い出す。その音の呼応は次第に豊かな広がりを帯び、音の輪郭を鮮やかに描き出していく。第2楽章は、デリケートな美しさを湛えた伊藤のピアノの響きに始まる。ピアノと弦楽器との間で交わされる、いわば秘密めいた対話が静かに紡がれ、繊細な音の重なりが柔らかく空間に響き渡る。軽やかなピアノに誘われて芽吹く第3楽章は、弦楽器との対話が一層生き生きと広がり、旋律が軽やかに舞い上がる。ピアノの跳ねるような響きに応えて、ヴァイオリンやヴィオラ、チェロが柔軟に絡み合い、旋律の息遣いが鮮やかに立ち上がっていく。

続いて、エール弦楽四重奏団によるヴェーベルン『弦楽四重奏曲作品28』。冒頭、田原綾子のヴィオラが力強く響くと、その刺激を受けて音楽は覚醒する。バッハの主題(BACH=シ♭–ラ–ド–シ)の音程関係を軸に展開される変奏の中で特に印象的なのは、小さなモチーフが繊細に重なり合い、まるで時間の呼吸を刻むかのように進行する様子である。第2楽章では、ピツィカートの軽快さが緊密な造形を際立たせ、第3楽章では断片が滑らかに紡がれ、絶え間ない変化の流れを描き出す。各音の間に漂う微かな余白や、弦の響きによって生まれる色彩の微妙な変化は、極限まで研ぎ澄まされ凝縮された簡潔さに溶け込み、静かでありながら深い豊かさを湛える音楽世界を立ち上げる。エール弦楽四重奏団の演奏は、技巧の精緻さのみならず、音楽の内面に潜む微細な情感までを鮮やかに浮かび上がらせ、新たな表現の地平を垣間見せた瞬間であった。

休憩を挟んだ後半は、ドヴォルザーク『ピアノ五重奏曲第2番』。津田裕也のピアノと、再びエール弦楽四重奏団の登場。第1楽章は「快活に、しかし甚だしくなく」との指示に沿い、津田の柔和なピアノの上に、上野通明の朗々と響くチェロの独奏が重なり、内に熱を秘めた音楽が立ち上がった。弦楽の響きが呼応し合い、推移しながら、音楽の緊密な構造を鮮明に浮かび上がらせる。田原のヴィオラが印象的に響く第2楽章はスラヴ圏の抒情小品「ドゥムカ」と題される。憂いが宿るピアノの、まるで涙のような滴りが弦の響きと溶け合い、深い情感を生み出す。軽やかで快活な第3楽章は、津田の澄み渡るピアノと活気に満ちたエール弦楽四重奏団が巧みに織りなし、チェコの民族舞曲「フリアント」の明るいリズムに、「ドゥムカ」が巧みに組み合わされる。各楽器の掛け合いが生き生きと展開し、明るさと抒情が絶妙に交錯する音楽世界が広がった。第4楽章は生き生きとしたロンドで、華やかな旋律が躍動感をもって駆け抜ける。エール弦楽四重奏団の推進力と、津田の明澄なピアノが、輝きと抒情を交錯させながら音楽を高みに導いていった。

モーツァルトの古典派的均整美、ヴェーベルンの凝縮世界、そしてドヴォルザークの民族的抒情。時代も美学も異なる三者を並置することで、室内楽の奥行きと豊穣さが際立ったコンサートであった。(金井勇)