武生国際音楽祭2024に参加中の作曲家・金井勇さんに、9月1日オープニングコンサートの模様をレポートしてもらいました。
武生国際音楽祭2024が開幕した。9月1日の初日はメインコンサートに出演する演奏家が一堂に会すオープニングコンサートで華やかに幕を開けた。冒頭、武生国際音楽祭理事長・笠原章が挨拶に立ち、北陸新幹線延伸による越前たけふ駅の開業と、越前も舞台となったNHK大河ドラマ「光る君へ」の放送についての話題を挙げ「2024年は越前市にとって特別な年」であるとその感慨を述べた。続いて登壇した音楽監督・細川俊夫は、西洋の古典音楽をも同時代の音楽として捉え、その新たな解釈と表現を通じて、聴衆に音楽の多様な魅力と深い感動を体験する機会を提唱する。古い伝統の息づく武生に新たな注目が浴びる中、武生国際音楽祭は、世界から武生へと集まった音楽が、武生から世界に向けて発信するというコンセプトを掲げ、他に類を見ない独自なアプローチで展開する。
コンサートは15時に開演。ちなみにホールの開演チャイムは細川俊夫作曲による越前たけふ駅の新幹線発車メロディ(音の素材は越前打刃物の響きに由来)がこの度は新たに採用されている。
ハイドン、モーツァルトから日本の伝統音楽、現代の音楽まで幅広いラインナップで14曲が披露された。
1:オープニングを華やかに飾ったのは武生国際音楽祭の中心メンバーであるエール弦楽四重奏団。ハイドンの『弦楽四重奏曲第77番「皇帝」』(第1楽章、第2楽章)を堂々と響かせた。現在のドイツ国歌の基となる第2楽章は、ハイドンが時の神聖ローマ皇帝フランツ2世のために作曲した「皇帝讃歌」の旋律が使われており、愛称の「皇帝」はそこに由来する。エール弦楽四重奏団はこの穏やかな旋律をゆったりと流れるように歌い紡いだ。
2:白井圭のヴァイオリンをトップに荒井里桜(ヴァイオリン)、山本周(ヴィオラ)、柴田花音(チェロ)のメンバーによるモーツァルト『弦楽四重奏曲第19番「不協和音」』(第1楽章)。曲は冒頭から、その名称の由来ともなった異彩を放つハーモニーで始まる。その挑戦的で大胆なモーツァルトの革新性は現代のヴェテラン奏者たちによって、同時代的な響きとなって届けられた。この短く異質な序奏を経て一転、明快なアレグロに入り、奏者たちの響きは美しく溶け合い、音楽は軽やかに駆け抜けた。
3:これまでにも武生国際音楽祭に出演しているソプラノのイルゼ・エーレンスがスウェーデン出身のジェイコブ・ケラーマンのギターとともにシューベルトの小品を3曲。「野ばら」の愛らしさ、「糸を紡ぐグレートヒェン」の動揺、「音楽に寄す」の慰めと感謝。近年はオペラのタイトルロールも演じるエーレンスの、それぞれ異なる表情を巧みに表現した演奏で真の陶酔を味わった。ケラーマンのギターは常に寄り添い、エーレンスを心地よく包み込む。ところで「野ばら」にちなんだ(かもしれない?)エーレンスの真紅のドレスも視覚的に印象的であった。
ここから3曲、新ウィーン楽派の代表的な3人の作曲家の作品が続く。
4:伊藤恵音楽プロデューサーのソロによるベルク『ピアノソナタ』。ベルクが生前発表した唯一のピアノ独奏曲で、作品番号1番をつけた単一楽章の作品。調性を超えた表現主義的な複雑な音響の中に息づく「うた」が、繊細かつ大胆に浮かび上がる。ベルクの音楽が持つ内面的な緊張感と美しさを余すところなく表現した演奏が展開され、深い感銘となって聴衆を魅了した。
5:上村文乃のチェロと北村朋幹のピアノによるヴェーベルン『3つの小品』。3つの楽章で構成していながらも演奏時間が3分程度という密度の高い音空間である。上村が投げかける一音。その問いかけを明晰に受け止める北村。そしてその緻密で濃厚な対話によって高まる緊張感。白眉の奏楽であった。
6:毛利文香のヴァイオリンと再び北村のピアノによるシェーンベルク『幻想曲』。冒頭の衝情的な音型が曲全体に敷衍され、12音技法の変則的規則の厳格さと、甘やかさ・暗さが同居する情緒の交代劇が進行する。毛利文香の峻厳なヴァイオリンに心を奪われた。北村のピアノがそれに冷静に、しかし情熱的に対峙する。
7:休憩を挟み、田嶋直士による尺八本曲『山谷(さんや)』から後半が始まる。息が生み出す静謐さと悠久の時の流れを感じさせる音色。田嶋の、熟練の技と音楽性が、山間の穏やかで清廉な空気のように、聴衆の心に至福の瞬間をもたらした。
8:鈴木俊哉のリコーダーによるシャリーノ『死の太鼓』。「音響の魔術師」と呼ばれるシャリーノの超絶技巧を駆使した原曲のフルート曲が、鈴木による「超」超絶技巧のリコーダー版に姿を変える。空間を穿つ鈴木のシャープな息のアタックの連鎖は非日常の体験を呼び覚ます。
9:上野由恵のフルート独奏でクラウス・フーバーの『To ask the Flutist』。鋭いフィギュレーションの挿入を伴う美的で繊細な音のラインが滔々と響く。その対比的な交代劇を上野のフルートが鮮烈に描き出す。曲の持つ緊張感と解放感を巧みに操り、それは聴き手に大いなる感嘆と余韻を残した。
10:シューマンの『アラベスク』を吉野直子によるハープで。原曲はピアノ曲であるが、吉野のハープによって新たな息吹を得たかのようであった。目まぐるしく変化する音高を、吉野は卓越したペダル操作で、なおも優雅に織り上げる。作品の詩情をさらに際立たせる新たなアプローチを感じさせた。
11:ラヴェルの名曲『亡き王女のためのパヴァーヌ』を大石将紀のアルトサックス(ソプラノサック持ち替え)と大宅さおりのピアノによるデュオで。現代音楽に精通した大石が演奏するサックスのバージョンは、名曲がまるで新しい姿で蘇ったかのような斬新さを感じさせた。大宅のピアノが深く共鳴する。
12:作曲ワークショップ招聘講師・上野ケンによるヴォイス・パフォーマンス。独自の存在感を放つ。「呼吸」を芸術実践の中心に置くという上野の驚愕のテクニック。2つのマイクと小メガホン、地の声を巧みに織り交ぜ、聴衆を異次元へと誘い込んだ。『On Being or Being Written About』と題する自作自演。
13:フランス出身のマーク・アンドレのピアノ曲『4つの小品』が山本純子によって日本初演された。2、3分程度の短い楽章からなるミニアチュール。ニュアンスが変幻する断片の連鎖と、ペダルが生み出す倍音の効果が独特の奥行きと表情を顕現させる。山本の強靭な集中力と際立った表現力が引き出すダイナミズム。
14:コンサートを締め括ったのはクァルテット・インテグラ。全2楽章で構成されるベルクの『弦楽四重奏曲』の第2楽章を鮮明に描いた。曲は、冒頭に立ち現れる要素が深化し複雑な層となって堆積する。クァルテット・インテグラが放つ、響きの濃淡や陰影を巧みに織り込んだ集中度の高い演奏が、息を呑む筆致で畳み掛けるように展開し、聴く者を大いに圧倒した。
18時終演。3時間に及ぶ充実の幕開けであった。(金井勇)



