【2024レポート】〈うた〉で結ばれたウィーン音楽の伝統 (9月4日)

武生国際音楽祭2024に参加中の作曲家・我妻英さんに、9月4日 〈うた〉で結ばれたウィーン音楽の伝統 コンサートの模様をレポートしてもらいました。

 「声」こそは、人間が恐らく最初に手にした楽器だろう。そして「うた」は、人間が声という楽器を通して初めて知った音楽に違いない。ゆえに、声とうたは音楽の始源。『〈うた〉で結ばれたウィーン音楽の伝統』と題されたこの演奏会は、西洋音楽の中心都市ウィーンで築かれてきた〈うた〉の伝統に思いを馳せながらその歴史を辿る旅となった。

 演奏会は、イルゼ・エーレンスのソプラノとジェイコブ・ケラーマンのギターによるシューベルトの3つの歌曲《万霊節のための連祷 D 343》《死と乙女 D 531》《君こそやすらい D 776》で幕を開けた。エーレンスは一曲一曲キャラクターの異なる圧倒的な歌唱で聴衆を魅了し、ケラーマンのギターはシューベルトのリートが持つ素朴で親密な表情を存分に描いた。

 続いて、シューベルトの死の僅か2か月前に作曲された歌曲《岩上の羊飼い D 965》。エーレンスの力強い歌唱に北村朋幹のピアノと上田希のクラリネットが呼応するドラマは、先のギターとの協演とはまた異なった劇的世界観を提示し、ひとつの小さな交響曲さながらであった。

 マーラーの音楽が持つシューベルトとの親近性はしばしば指摘される。しかし、それに加えて80年ほど時代を下ったマーラーの歌曲には、後期ロマン派に特有の複雑な響きが陰影を落とし、それはときに人間の深層心理を浮かび上がらせる。マーラーの《リュッケルト歌曲集》からの3曲で描かれる甘美な退廃と明暗の色彩、そして激しい恍惚。これらに表れた新ウィーン楽派の音楽へもうあと一歩という趣を、エーレンスと北村が美しく表現した。

 ここで、今年のテーマである弦楽四重奏の世界へ。ベートーヴェンの《弦楽四重奏曲第7番 Op. 59-1「ラズモフスキー第1番」》は、当時35歳だった楽聖の「音楽革命家宣言」ともいうべき内容を持ち、その先進性は時代を越えて今なお色褪せない。クァルテット・インテグラの演奏は鮮烈の一言に尽き、ベートーヴェンの革新的な音楽性を余すところなく浮き彫りにした。

 演奏会の最後は、新ウィーン楽派の代表者で今年生誕150年を迎えたシェーンベルクの《弦楽四重奏曲第2番 Op. 10》から第3楽章と第4楽章。本作中のこの日演奏された2つの楽章は、弦楽四重奏曲としては極めて例外的にソプラノ独唱が入ることで知られる。歌われるのはドイツの象徴主義の詩人シュテファン・ゲオルゲの超現実的なテクスト。音楽の歴史を革新した弦楽四重奏曲という点に於いて約一世紀前の先のベートーヴェンとの共通項があり、直接交流のあった15歳ほど年長のマーラーの後期ロマン派の音楽性を継承し、またソプラノ独唱に於いてはシューベルト以来のドイツ・リートの歴史のひとつの到達点という意味で、当夜のプログラムは最後のシェーンベルク作品で見事な帰結を見ることとなった。エーレンスの情熱的な独唱とクァルテット・インテグラの精緻な演奏は、爛熟した表現主義から実った最良の果実のひとつというべきこの作品の充実ぶりを見事に描き尽くし、聴く者に熱い思いを抱かせた。(我妻英)