武生国際音楽祭2024に参加中の作曲家・我妻英さんに、9月3日作曲ワークショップの模様をレポートしてもらいました。
この日の作曲ワークショップは、今年のメイン講師の一人、上野ケンによる自作のレクチャーで幕を開けた。カリフォルニア大学バークレー校教授の上野ケンは、作曲家のみならず卓越したヴォーカリスト、またユニークな活動を展開するサウンドアーティストとしても国際的に知られる。とりわけヴォーカリストとしては、循環呼吸や重音や倍音などを多用した特殊な声の技法を自ら編み出し、音楽祭のオープニングコンサートに於ける自作自演で超現実的な聴覚体験に会場の聴衆を惹き込む様子は鮮烈であった。
歴史・宗教・政治・哲学など幅広い分野への言及があったそのレクチャーの中で、上野ケンは“Person Specific(特定の個人に依存する)”という概念を自分の創作を貫くものとして強調し、また自身のルーツや過去を作品構造に取り込む姿勢を「個人の考古学」とも述べた。彼自身の身体性を前提としたその作品やパフォーマンスは、確かに極めて私的な世界の展開にも映る。しかし、それゆえに(逆説的に)聴衆の一人一人の記憶や意識と対峙し得る普遍的な芸術作品であることが実感された。彼が開発した様々な発声法やその延長にある器楽の拡張奏法の紹介も興味深く、引き続き明日行われる彼のレクチャーにも関心が高まる。

続いて、現代音楽に於けるエレクトロニクスの第一人者である有馬純寿によるレクチャー。9月6日に行われる演奏会「細川俊夫と仲間たち」にてイタリアの作曲家ルイジ・ノーノの《…..苦悩に満ちながらも晴朗な波…》が北村朋幹のピアノと有馬のエレクトロニクスにより演奏されることを踏まえ、今年生誕100年を迎えたノーノのライヴ・エレクトロニクスの作品群についての内容となる。ノーノの音楽を特徴付ける政治性(共産主義や反ファシズムの思想)を踏まえながらその創作の変遷を俯瞰し、彼のエレクトロニクス用法の個性を同世代の作曲家達と比較しながら論じた。レクチャーで繰り返し強調されたのは、ノーノ(特に後期)の作品に於ける空間性の重要さ。会場には4チャンネルのスピーカーが配置され、受講生はデモンストレーションを通して実際の空間的効果を体験した。レクチャーの最後に、彼は近年のライヴ・エレクトロニクス作品の傾向に触れた上で、まだまだ見落とされがちな可能性があると述べて今後の創作に対し一石を投じるコメントを残した。大切なのは自分の音を探すこと、と有馬。受講生に大きな示唆をもたらしたレクチャーであった。

午後は、マリオ・カーロリによるフルート奏法のレクチャー。古典はもとより現代作品の重要な表現者としても尊敬を集め、革新的奏法の多用で名高い作曲家サルヴァトーレ・シャリーノをして「フルートのパガニーニ」と言わしめたカーロリ。様々な作曲家との協働を通じた豊富な経験と卓越した技巧、何より柔軟な音楽性に裏付けられたその明快なレクチャーは、まさに作曲家にとってこの上なく貴重なガイドとなる。彼の発する言葉の一言一句、またデモンストレーションの一音たりとも聞き逃すまいと真剣な眼差しの受講生の姿が非常に印象的で、ここからまた魅力的な新しい作品が生まれることを期待させた。(我妻英)

