武生国際音楽祭2026は、2026年8月30日(日)~9月6日(日)の日程で、越前市文化センターを中心に開催いたします。コンサートや出演者の詳細は順次ご案内していきますので、どうかお見逃しなく!
武生国際音楽祭2026のメインコンサートチケットは、以下のプレイガイドで5月7日より発売いたします!
プレイガイド:ローソンチケット、チケットぴあ、e+(イープラス)、越前市文化センター、越前市いまだて芸術館、武生楽市

武生国際音楽祭2026は、2026年8月30日(日)~9月6日(日)の日程で、越前市文化センターを中心に開催いたします。コンサートや出演者の詳細は順次ご案内していきますので、どうかお見逃しなく!
武生国際音楽祭2026のメインコンサートチケットは、以下のプレイガイドで5月7日より発売いたします!
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武生国際音楽祭2025に参加された作曲家・神山奈々さんより、作曲ワークショップ(9月3日)のレポートが届きました。
第24回武生国際作曲ワークショップも3日目を迎えました。昨日に引き続く望月京の「自作を語る」では、聴衆や演奏家の知覚が作品とどのように関わっているかについてお話しされました。例としてあげられたのは、演奏家がチャートのように演奏する部分を選んでいく管理された即興による作品。この曲は、スコアが無くパート譜のみで楽譜が作られていますが、ここには自身のガムランや雅楽の経験が生かされているとのことでした。また今回の武生国際音楽祭で演奏される日本初演の作品を取り上げ、弦楽四重奏というコミュニティと生物の群れを形成する際の脳の特性が関連を持つ内容を詳しく知ることができました。作曲は世界を把握するためのツール、という言葉が印象的でした。
続くレクチャーは、チューリッヒ芸術大学講師のフィリックス・バウマン。
自作の「Kipp moment」ではエネルギーの状態、そしてその知覚の移行が静かな音楽の中で鮮やかに実現されていました。また、リズムの設計についてはベートーヴェンやモーツァルトを例にとりお話しされました。音楽理論を長年教えられてきた経験が生かされた古典の分析に基づいた新しい視点が新鮮でした。
午後の遠足では、福井が誇るマリンバメーカー「KOROGI」に伺いました。マリンバを作る資材やたくさんの機械、人の手による繊細な調律など人間味あふれる楽器作りを間近で体験することが出来ました。越前陶芸村では陶芸の実演に触れ、この地に古くから息づく陶芸の歴史の深さを肌で感じることが出来ました。(神山奈々)
武生国際音楽祭2025に参加された作曲家・金井勇さんから、「ピアノと弦楽の調べ」コンサートのレポートが届きました。
9月2日(火)のメインコンサートは、伊藤恵プロデュースによる第1弾。「ピアノと弦楽の調べ」と題されたコンサートでは、気品と風格を湛えたプログラムが展開された。
幕開けは伊藤恵コンサートプロデューサーによるピアノと、荒井理桜のヴァイオリン、山本周のヴィオラ、柴田花音のチェロによるモーツァルト『ピアノ四重奏曲第2番』(変ホ長調)。抒情性と明るさをたたえ、調和と均整を宿す柔らかな旋律が丁寧に紡がれていく。第1楽章は冒頭から、伊藤の華美さを抑えた力強く、しかし優しさに満ちたピアノが弦楽器を巧みに誘い出す。その音の呼応は次第に豊かな広がりを帯び、音の輪郭を鮮やかに描き出していく。第2楽章は、デリケートな美しさを湛えた伊藤のピアノの響きに始まる。ピアノと弦楽器との間で交わされる、いわば秘密めいた対話が静かに紡がれ、繊細な音の重なりが柔らかく空間に響き渡る。軽やかなピアノに誘われて芽吹く第3楽章は、弦楽器との対話が一層生き生きと広がり、旋律が軽やかに舞い上がる。ピアノの跳ねるような響きに応えて、ヴァイオリンやヴィオラ、チェロが柔軟に絡み合い、旋律の息遣いが鮮やかに立ち上がっていく。
続いて、エール弦楽四重奏団によるヴェーベルン『弦楽四重奏曲作品28』。冒頭、田原綾子のヴィオラが力強く響くと、その刺激を受けて音楽は覚醒する。バッハの主題(BACH=シ♭–ラ–ド–シ)の音程関係を軸に展開される変奏の中で特に印象的なのは、小さなモチーフが繊細に重なり合い、まるで時間の呼吸を刻むかのように進行する様子である。第2楽章では、ピツィカートの軽快さが緊密な造形を際立たせ、第3楽章では断片が滑らかに紡がれ、絶え間ない変化の流れを描き出す。各音の間に漂う微かな余白や、弦の響きによって生まれる色彩の微妙な変化は、極限まで研ぎ澄まされ凝縮された簡潔さに溶け込み、静かでありながら深い豊かさを湛える音楽世界を立ち上げる。エール弦楽四重奏団の演奏は、技巧の精緻さのみならず、音楽の内面に潜む微細な情感までを鮮やかに浮かび上がらせ、新たな表現の地平を垣間見せた瞬間であった。
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休憩を挟んだ後半は、ドヴォルザーク『ピアノ五重奏曲第2番』。津田裕也のピアノと、再びエール弦楽四重奏団の登場。第1楽章は「快活に、しかし甚だしくなく」との指示に沿い、津田の柔和なピアノの上に、上野通明の朗々と響くチェロの独奏が重なり、内に熱を秘めた音楽が立ち上がった。弦楽の響きが呼応し合い、推移しながら、音楽の緊密な構造を鮮明に浮かび上がらせる。田原のヴィオラが印象的に響く第2楽章はスラヴ圏の抒情小品「ドゥムカ」と題される。憂いが宿るピアノの、まるで涙のような滴りが弦の響きと溶け合い、深い情感を生み出す。軽やかで快活な第3楽章は、津田の澄み渡るピアノと活気に満ちたエール弦楽四重奏団が巧みに織りなし、チェコの民族舞曲「フリアント」の明るいリズムに、「ドゥムカ」が巧みに組み合わされる。各楽器の掛け合いが生き生きと展開し、明るさと抒情が絶妙に交錯する音楽世界が広がった。第4楽章は生き生きとしたロンドで、華やかな旋律が躍動感をもって駆け抜ける。エール弦楽四重奏団の推進力と、津田の明澄なピアノが、輝きと抒情を交錯させながら音楽を高みに導いていった。
モーツァルトの古典派的均整美、ヴェーベルンの凝縮世界、そしてドヴォルザークの民族的抒情。時代も美学も異なる三者を並置することで、室内楽の奥行きと豊穣さが際立ったコンサートであった。(金井勇)
武生国際音楽祭2025に参加された作曲家・我妻英さんから、作曲ワークショップ(9月2日)のレポートが届きました。

この日の作曲ワークショップは、今年の招聘講師・望月京による自作のレクチャー(全2回)の第1回で幕を開けた。現在、世界の第一線を舞台に活動を展開し国際的に最も評価の高い作曲家の一人である望月。レクチャーは「作曲を通して世界をみる」というテーマで、今年のプログラムに含まれている4作品を取り上げる。自身にとって作曲という行為は様々な事象を考えるためのツールであるという言葉に始まり、留学の経緯や経験にも触れながら、その音楽的思考の軌跡を展開した。
話題の中心のひとつは、音楽に於ける形式の問題。構造により比重のあるドイツ的音楽性と音色や音響により比重のあるフランス的音楽性の対比や、F.リストの言葉を引きながら絶対的な形式の完成美に音楽を合わせるのか感情表現等に導かれて自由に形式が定まっていくのかという問題が提起された。これは21世紀の現在も依然として作曲家にとって避け難い問いのひとつである。望月にとっては、作曲の過程はまるで子供の成長のように予め既定出来るものではないので、自らの音楽を聴きながら形式が出来ていくことが自然だという。
そこから例に挙げられた初期作品《インテルメッツィⅠ》(9月6日「新しい地平コンサートⅢ」で演奏される)は、そうした形式に対する当時の問題意識から、ロラン・バルトの著作の断章形式に発想を得て、曲題の通り複数の間奏曲の連続から構成されている。一見無関係な言葉の連なりが謎かけのように次なる想像を呼び込んでいくことで浮き彫りとなる関連性。それは、あたかも(バルト自身が言及しているように)俳句のようであり、西洋のシンメトリカルな建築ではなく日本の増築建築に近い。その上で望月が述べたのは、響きが日本的であることよりも音楽の構造や形式に於いて日本的であることの意味であった。レクチャー冒頭で自身が日本人であることと創作との関係性にも言及した望月は、常に「何を・誰のために・どのように書くのか」という創作行為の本質の問題の追求に強く意識的である必要性を説いた。AI全盛の現代だからこそ人間の発想が最重要になってくるという指摘や、作曲者の意図や工夫が聴き手に音楽として完全に知覚・認識されなければならないというメッセージは、表面的なアピール力や書き手の自己満足に終始する安易な創作姿勢への警鐘のように感じられ、私自身、身が引き締まる思いで受け止めた。受講生も改めて、それぞれの創作のこれまでの歩みとこれからの展望を見つめ直したに違いない。明日の第2回のレクチャーでは、望月作品の音楽性と思考世界のさらなる深みを掘り下げることになると予想され、期待が高まった。
続いて、今年の音楽祭でも数々の演奏曲目で重要な電子音響を担当する有馬純寿によるエレクトロニクスについてのレクチャー。今回は、先月に新国立劇場委嘱作品として初演されたばかりの、武生国際音楽祭音楽監督・細川俊夫の新作オペラ《ナターシャ》に於ける電子音響およびサウンドデザインがテーマとなる。その鮮烈な印象と深々とした感動が記憶に新しい《ナターシャ》が、氏によるこれまでのオペラと大きく異なって新たな試みとなる点は、何よりもまず電子音響の使用とその占める比重の大きさにある。そのエレクトロニクスのパートを全面的に担当した有馬自身によって、本作に於ける電子音響の制作の詳細が紹介された。
電子音響としてはある種古典的でもあるミュージック・コンクレートの手法を基盤としながらも、作品のコンセプトやメッセージに基づいたフィールド・レコーディングの過程やマルチ・チャンネルの手法をはじめ、その微に入り細を穿つ緻密な仕事の数々に受講生たちは大いに刺激と感銘を受けていた。収録した自然音や都会のノイズ等は、そのまま使用されることはほとんどなく、基本的に常に編集が加えられているという。オーケストラや歌手の奏でる音楽の音程構造や和声進行との関係性から、あるときは調和・同化させ、あるときは敢えて溶け合わせないという、極めてミクロな次元の調整が駆使される。スピーカーを観客から見えないようにすることで音響の方向性を予期させない、さらには無音という「音」によってあたかも時間が停止したような印象を聴衆に抱かせる、などのサブリミナルなレヴェルの工夫もまた圧巻の一言だったが、それは有馬自身がこれまでに携わった、あるいは接してきた電子音響を用いたオペラ作品への鋭く冷静な分析の賜物であることが窺われた。そして、再演の際の汎用性までを念頭に入れた制作形態(当然ながら電子音響はそれぞれの劇場の環境に大きく左右されることとなる)を紹介しながら、再演のしやすさはアコースティックな器楽作品でも重要だという提言は、エレクトロニクスの使用に関わらず、作曲を志す多くの受講生にとって貴重なものとなっただろう。
最後に作曲者本人との対話で展開された、単なる効果音とそうではない具体音との違いとはという話題の総括として細川自身が述べた、ただの素材をアートにまで高めるという行程の重要性は、あらゆる創作に通底するものとして全ての受講生が深く心の中に留めたに違いない。(我妻 英)
武生国際音楽祭2025に参加された作曲家・神山奈々さんから、作曲ワークショップのレポートが届きました。
第24回武生国際作曲ワークショップは、9月1日から開講されました。今年は日本の望月京を中心にチューリッヒ芸術大学講師のフィリックス・バウマン、タジク系カナダ人の作曲家ファランギス・ヌルラ=ホーヤ、香港出身のチャールズ・クォンといった作曲家を招き、多くの受講生を迎えました。受講生の内訳としては日本から23名、国外からはアジア諸国から9名、ヨーロッパから1名が参加をしています。
初日は、香港出身のチャールズ・クォンによる「自作を語る」。自身の創作活動や香港シンフォニエッタのプログラムに関わる仕事について伺うことができました。近作のピアノ協奏曲は、香港の演奏家によるアジアのルーツを感じさせるサウンド。協奏曲という古典的な形式における、一人のピアノ奏者とオーケストラという社会との関係性を現代社会の要素と結びつけて再考するユニークな発想が受講生の関心を集めました。
また、ヴァイオリンのフランチェスコ・ドラツィオによるレクチャーでは22歳の時のベリオと出会いが印象的に語られました。さらに<セクエンツァVIII>がクラシックの演奏家に繰り返し演奏されるマスターピースになった理由について演奏家の観点からお話しされました。中でも印象的だったのは、ヴァイオリンが持つ歴史的な身振りについての内容。バッハのシャコンヌの身振りと<セクエンツァVIII>の身振りの共通点についての比較は大変興味深く、実演を聴きながら多くを学ぶことが出来ました。(神山奈々)