音楽評論家マックス・ニフラー、武生国際音楽祭2015を語る

ドイツ語圏で活躍中の音楽評論家マックス・ニフラー (Max Nyffeler) 氏が、2015年度の武生国際音楽祭のレポートをNeue Musikzeitungに寄稿されています。

マックス・二フラー

マックス・二フラー


日本語に翻訳いたしましたので、ご一読ください。

《「今回は、ベックメッサー(訳者注:ワーグナーのオペラ『ニュルンベルクのマイスタージンガー』に登場する保守的な音楽家・批評家。また本稿の執筆者マック ス・ニフラー氏のウェブサイトの名前でもある)も、くどくど言わずに称賛するだろう。素晴らしいことに、ヨーロッパから9000キロも離れた太平洋に面する国の合唱団は、モーツァルトの『レクイエム』でキリエのフーガをアクシデントもなく乗り切り、情熱を込めてサンクトゥスの入りを歌い、そして死者 のために永久の平穏を祈った。キリスト教は日本では周縁的な現象であり、ラテン語が通じることも我々の社会より稀である。しかし、このヨーロッパのクラシック曲を、人々は熱心に聴き、かつ演奏したのであった。」
これは日本のこと、より正確には、現在は越前市となっている人口8万5千人の町、武生のことである。この町の市民合唱団は、長年我々ヨーロッパの音楽に取 り組んでいる。毎年違う曲を練習して素晴らしいコンサートを行っており、今年はモーツァルトのレクイエムを歌った。この活動をさらに広い文化空間に位置づけるために、1990年に小規模な音楽祭が設立され、その後細川俊夫を芸術監督に招聘した。資金調達は募金と公的補助金からなっており、合唱団に属するメンバー を含むボランティアの運営グループが全てを切り盛りしている。この音楽祭は市民によるユニークな音楽的イニシアティヴといえる。このボランティア的事業で唯一の前提条件は、「合唱団がファイナルコンサートで歌うこと」だけである。この合唱を長年指導してきたのが、デュッセルドルフの指揮者リューディガー・ボーンで、合唱団にとって彼は既に家族同様の存在だ。

成立から四半世紀の間に、この音楽祭は東洋と西洋が交わる重要な場へと発展した。大きな話題にはなってはいないが、この音楽祭は影響を与え続けている。その成功の秘密は第一に細川俊夫の力量に拠る。彼は音楽祭の参加者に対し、あらゆる文化的境界を越えて芸術家としての社会交流を行うよう、細やかに働きかけている。こうして精神的に自由な空間が生まれ、その中でヨーロッパのクラシック音楽、様々な地域の現代音楽、そして極東の伝統音楽が障害もなく出会うことが可能になっている。またこの音楽祭は、公衆、すなわち一般住民との距離の近さを推進力の糧としている。彼ら越前市民は我々ヨーロッパの音楽に積極的に関心を持ってくれているが、これには私としては若干忸怩たるものがある。我々自身は日本音楽に対してどの程度興味を抱いているのだろう?西洋音楽に対する越前市民のこうしたオープンな姿勢は、彼ら自身の伝統に対する誇りと結びついている。そして、これは彼らのホスト精神からもよく感じ取ることができる。寛いだサイドプログラムでは、伝統的な日本の住文化や1500年続いた製紙技術を学ぶことができる。また、温泉や夕方の寿司パーティでは、礼儀正しい日本人は愉快な仲間へと変貌する。

音楽祭のプログラムは、細川俊夫によって時間をかけて作り上げられてきた。こんにちでは、ヨーロッパと日本の伝統音楽および現代音楽が魅力的に混ざり合って いる。加えて、音楽祭に参加する最高の演奏家によって子供と大人のためのファミリーコンサートも行われる。これらの演奏会は音楽祭開催直前に改修された約千人収容の多目的ホールで開催され、このホールの音響は最高級である。また、学校を舞台にした毎日のアウトリーチコンサートや、仏教寺院における伝統的な日本音楽と現代音楽の趣のある演奏会も開催される。これらの演奏会と平行して、器楽奏者のために招待演奏家によるサマーアカデミーが開催されており、今年はフルートのマリオ・カー ロリ、クラリネットのミシェル・ルティエック、そして尺八の田嶋直士がこれらのコースを担当した。
細川俊夫による作曲ワークショップでは、西洋と東洋の若手および熟練の作曲家が一堂に会する。ヨーロッパからはイタリアのフェデリコ・ガルデッラ、ルーマニアのディアナ・ロタル、そしてスペインのディエゴ・ラモスが参加した。彼らは主要な音楽祭には未だ登場していないものの、注目に値する作曲家たちだ。また、音楽祭参加者を結びつける重要な役割を果たしているのが、ドイツで活動を行う日本人演奏家たちだ。デュッセルドルフの石川星太郎(指揮者)、 シュトゥットガルトの山本純子(ピアノ)、ベルリンの赤坂智子(ヴィオラ)、そして太田真紀(ソプラノ)と青木涼子(能)が、こうした演奏家たちである。
各コンサートの構成は、現代音楽の専門家による要望と公衆が望む音楽との間のバランスが取れている。若手の音楽家がベテラン演奏家と共演し、新旧の音楽が巧みにミックスされている。リュブリャナ(スロヴェニア)のスローウィンド木管五重奏団による、グロボカールとモーツァルト、リゲティ、ヤナーチェクをまとめたプログラム。武満徹の作品と、ミシェル・ルティエックと共に美しく演奏されるブラームスのクラリネット五重奏との組み合わせ。ドビュッシーの曲とブーレーズの荒々しいフルート・ソナチネ、メシアンの『世の終わりのための四重奏曲』が併せて上演されることもあれば、シューベルトの曲と仏教の僧侶による声明とが並ぶこともある。武生は、豊かな文化の共存のあり方を示している。大事なのは日本に特徴的な姿勢、つまり、自らの伝統を自覚しつつ、他者に対して敬意を払いながら一定の距離を 置くことだ。この姿勢は、我々にとっても手本にすべき点だ。》(翻訳:林 良彦)
原文リンク:http://www.beckmesser.info/takefu/