音楽監督細川俊夫より、今年の武生国際音楽祭を振り返って

Toshio Hosokawa武生国際音楽祭が今年も終了した。音楽祭も成長する時,衰退する時があり、現在の武生は最高潮の時代にあり最初から最後まで充実した圧倒的なコンサートが続いた。毎夏,ここで体験する音楽の感動はそれからの一年の糧となり、僕の作曲生活にも影響を与えている。日本の才能豊かな音楽家たちと、海外の熟練の音 楽家たちが互いに競い合い,素晴らしい演奏を繰り広げる。今年はシューベルトからコンテンポラリーへというテーマで、数々のシューベルトの決定的な名作からシェーンベルク、ベルク、ウェーベルン,そして武満やジェルバゾーニまでの音楽を上演した。
 僕はすべてのコンサートを客席の一番前で聴く。そしておそらくお客さんの中で,最もこの音楽に感動しているのは、音楽監督の僕自身なのだ。日本の多くの コンサートで,企画者やホールの主催者がでてきて、コンサートの終了後に「お疲れさまでした!」「おめでとうございます!」と事務的にしか言われない経験 を何度してきただろう。この人たちは音楽に何も感じないのだろうか。主催者が感動もしないコンサートをお客さんにお金を払って聴いてもらって、申し訳ない と思わないのか。音楽家はその音楽に感動してくれるお客さんを求めている。それが喜びとなって、次の音楽に向かって行けるのだ。武生は,音楽の感動が溢れ る音楽祭である。音楽家同士が、お互いを聴きあい、感動しあい、刺激しあい、自分の音楽に集中する。ほとんどの人が数日をこの街で過ごすので、練習は十分 にできる。大都市と違って、どこにも遊ぶ場所もない。音楽に集中することが喜びの一週間となる。プログラムはクラシック音楽が中心だが、現代の音楽や新作 初演もたくさんある。シェーンベルクやウェーベルンを一曲入れただけで,「現代音楽」が入っている,と言って警戒する音楽ファンまでいる。シェーンベルク はもう100年以上前の完全に古典の作曲家なのです!
日本のクラシック音楽界はヨーロッパの輸入とその受容に終始する音楽界だ。西洋の優れた過去の音楽を受容し、それを充分に味わうことができるようになる ことは素晴らしいことだ。しかしそれが自国の創作になんの影響も与えることなく、受容することだけに意味を見いだすのは、どこか間違っていないだろうか。 そして自国の作曲家を持ち出すと、とても西洋では通用しない日本の過去の作曲家ばかりを何の批判もなく持ち上げてくる。なぜそうした作曲家たちが、ヨー ロッパでは通用しないか,という視点をもって批評できる人たちはほとんどいない。これではいつまでたっても、この国から何か世界に向けて発言できるような 新しい創作は生まれて来ることもないだろう。ヨーロッパのメジャー音楽祭、ザルツブルクやルツェルンに比べれば、現代の音楽の演奏は武生ではまだまだ少な い。こういうヨーロッパの創造的音楽祭がどれだけ新しい音楽の創造に貢献しているかを、日本の批評家は無視する。武生はクラシック音楽をメインプログラム にすえ、そこに雛をあたためるように「新しい地平」という新作初演をメインとした小コンサートを3回企画している。毎回出来不出来はあるにしても、そこか ら世界に向けて羽ばたいて行く若い作曲家も少しずつ生まれてきている。地方で現代の音楽をやるのは,無理だとよく言われる。そういう人は地方をバカにして いるのだ。僕から見れば,東京や大阪で現代の音楽を上演する方がより難しい。そこは西洋古典音楽崇拝の中心マーケットなのだから。
このようなクラシック音楽演奏の日本の若い優れた人たちを集めてくれるのは,伊藤恵さんの力であり、彼女の献身的な協力なしにしてはこの音楽祭はこのよ うな豊かなものにはなり得なかった。彼女の音楽家としての驚くべき成熟(今年のシューベルトの最後のソナタの演奏は深く感動的だった)と優しい人間性の元 に集まってくる日本の若い演奏方たちは、日本の演奏水準が世界的なものであることを毎回証明してくれる。そういう人たちが,音楽家として人間としてさらに 豊かな成長をしてくれるための場所を提供し、あたたかく見つめていくのが、武生の使命だと思う。現代の音楽を演奏をする音楽家たちも、そのままヨーロッパ の現代音楽祭に連れていっても恥ずかしくない最高水準の演奏をしてくれる。残念ながら,若い作曲家たちは、この演奏家たちほどの国際的な水準を持ってはい ない。しかし武生で日本の音楽アカデミーを超えた作曲家たちに出会い、そこで世界の作曲家の水準を見ることは、大きな経験として彼らの心に何かを残してく れるだろう。
今年に参加して、音楽祭を盛り上げてくれた皆さん、背景で支えてくださった皆さん、事務局の皆さん、聴衆の皆さんに心から感謝をします。来年の武生もま たシューベルトからコンテンポラリーへというテーマを続けて企画し、より豊かなプログラムを創ろうと思っています。どうぞよろしく!See you soon! 細川俊夫