本年度の武生国際作曲ワークショップのアシスタントの作曲家・金井勇さんに武生国際音楽祭のレポートを頂きましたので、掲載いたします。
作曲ワークショップ3日目となる9月2日(水)のレクチャーそのものは、午前のみの開催となった。
はじめに、招待作曲家の馬場法子が自作について語った。フランスを拠点に活動する馬場法子は、メス音楽都市・メス国立管弦楽団のレジデンス・コンポーザーを務めるなど、独自の視点と作風を築いてきた作曲家である。本作曲ワークショップにもこれまで幾度か登場している。
レクチャーの冒頭では、まず自身の作曲姿勢について語り、そこには「もののあはれ」「記憶」「動物寓意的音楽」という三つのコア、すなわち創作の軸があると説明した。
「もののあはれ」については、そこに宿る不完全さの美を追求しているとし、その理念を作品《Second souffle》を通して紹介した。「記憶」については、過去に刻まれたものを呼び起こし、現在の感覚を揺さぶることで、聴き手とのパーソナルな接続を生み出すことを目指す。また、記憶の断片を手がかりに、「次はどうなるのか」という好奇心を引き出すことも、作曲における重要な要素だという。その実現の一例として、アンサンブルのための《Au clair d’un croissant》を取り上げ、幼い頃から親しんできた唱歌の一節を引用し、それを変容・異化していくプロセスについて解説した。「動物寓意的音楽」については、動物が古来より人間の想像力や物語のなかでさまざまな象徴的役割を担って描かれてきていたことに触れ、自身の愛犬との関わりから得た経験を創作の出発点として、《音楽的動物寓話集(Bestiarium Musicale)》と題したシリーズを展開していることを紹介した。この作品では、神話的な生き物たちを題材に、それぞれの存在を生き生きとした音のタペストリーとして描き出している。
続いて、招待作曲家でメイン講師を務めるフランチェスコ・フィリデイが、前日に続いて2回目のレクチャーを行った。
前日に引き続き、ウンベルト・エーコの小説『薔薇の名前』を原作とし、ショーン・コネリー主演で映画化もされた同作を題材とする自身のオペラ《Il nome della rosa》を紹介。シーンの配置、音列(モチーフ)による登場人物の連関、宗教と世俗の対立といったテキスト上の設計から、暗号や言葉遊び、中心音、音色を駆使した音響設計に至るまで、オペラ全体に緻密な構造が張り巡らされていることを解説した。
後半では、協奏曲(コンチェルト)という形式をめぐる自身の思想へと話題を広げた。自身の創作の背景にあるイタリア音楽の伝統を踏まえながら、長い歴史のなかで豊かに発展してきたオペラに対し、協奏曲という形式には、なお十分に開拓されていない可能性があるとの問題意識を提示。オペラが培ってきた伝統や表現力を協奏曲という形式に取り込み、新たな可能性を切り拓こうとする自身の試みについて、フルート協奏曲やピアノ協奏曲などの作品を例に紹介した。
オペラを中心に、音楽と文学、そして自身の背景にあるイタリア芸術の系譜を横断しながら、既存の形式に対する鋭い問題意識と、そこから新たな芸術表現を生み出そうとするフィリデイの創作姿勢が浮かび上がるレクチャーとなった。
午後は、ワークショップの企画として、希望者を中心に越前和紙の里を巡る遠足に出かけた。
岩野平三郎製紙所では、日本最大規模を誇る大型和紙の制作も担う工房を訪れ、職人が実際に手漉きで和紙を仕上げていく様子を間近に見学した。続いて、紙の神様である川上御前を祀る大瀧神社へ。本殿は現在工事中であったものの、神秘的な杉木立に包まれた境内を歩きながら、和紙の文化とそれを支えてきた土地の信仰に触れた。
伝統技術と信仰が今なお息づく越前の文化を肌で感じる機会は、海外からの参加者はもちろん、日本の参加者にとっても、普段なかなか得ることのできない貴重な体験となった。
