【武生国際音楽祭2026レポート⑨】

本年度の武生国際作曲ワークショップのアシスタントの作曲家・我妻英さんに武生国際音楽祭のレポートを頂きましたので、掲載いたします。

 武生国際音楽祭のプログラムの際立った特色のひとつは、現代の音楽を特集する「新しい地平コンサート」と題する週末の3公演にもあるだろう。ここでは、音楽祭の期間中同時に開催されている作曲ワークショップ講師陣の作品を含め、最先端の音楽シーンに集中的にかつ優れた演奏で触れることができる。国内でも有数の貴重な機会として遠方から武生に足を運ぶリスナーも少なくなく、その数も年々増加していると聞く。

 9月4日(金)の「新しい地平コンサートⅠ」は、ユン・イサン《シャオ・ヤン・イン》で幕を開けた。創設当初から参加を続けた才能の早逝が惜しまれる津堅泰久《Rufe》に今年の若手招待作曲家の一人渡部瑞基《Rosalia》の世界初演が続き、作曲ワークショップの歴史と発展とにふと想いを馳せる。次いで、大宅さおりの凛として美しいピアノが奏でる我妻英《星わたる線》、鈴木俊哉の超絶技巧が会場の空気を圧倒した神山奈々《身体は、太陽の器》、マリオ・カーロリ、大石将紀、大宅の三者が緊迫感溢れる対話を繰り広げる金井勇《関係項クロッシング》と、アシスタント作曲家陣の新作が披露された。

 翌5日(土)「新しい地平コンサートⅡ」の開始を告げたのは、作曲ワークショップの通訳としても尽力を賜った森紀明の新作《⁂》。サクソフォニストで即興演奏家の森ならではの挑戦的な内容で、大石将紀と有馬純寿(エレクトロニクス)が文字通り新しい地平を拓く。デュサパンの《IF》は、作曲者の求める「獰猛かつ陽気なエネルギー」を十二分に漲らせた上田希のクラリネットが圧巻の演奏。三浦則子の新作《瓦礫の上を星は流れる》は、美しく散りばめられたピアノの音響が祈りの空間を漂流する。今年のもう一人の若手招待作曲家浦野真珠《Opilio Ⅱ》の世界初演も、前日の渡部と並んで瑞々しい才気を印象付けた。今年100歳を迎えた現在も旺盛な創作を続けるベッツィ・ジョラスの《エピソード第4番》は、大石のサクソフォンの卓越した演奏が光る。日仏を拠点に国際的に活躍する坂田直樹《Oval Air》では、上野由恵、鈴木俊哉、田嶋直士による古今東西のエア・リード三重奏が独特の音世界を提示。そして、様々な奏法による多彩な音色と明瞭な音楽的フィギュアとの意外な出会いが新鮮な感動をもたらす馬場法子《Non Canonic Variations》で締められた。

 その興奮が冷めやらぬうち、ほどなくして「新しい地平コンサートⅢ」が山本純子の弾くパニセロ《Japanese Pictures》で始まる。複雑な書法を辺見康孝が巧みに描き出すポッペの《Haare》。サンチェス=ベルドゥ《Deploratio Ⅰ》では、水野優也のチェロが作品の内包する哀悼を深遠に表現。前日の《すべての身振りが終わったとき》が鮮烈な印象を成した今年のメイン講師フィリデイの《Una Rosa》では、上村文乃のチェロと大井駿のピアノが神秘的な演奏を展開した。大石と葛西による息の合ったシェンクの《Scratch》。トリを飾ったのは、山本純子のピアノと有馬純寿のエレクトロニクスによるジョドロフスキの《Série Rouge》。微分音的な絡み合いからパンチの効いたベースまで、電子音響との協演ならではの世界に客席も大いに沸き、3公演を通して同時代の音楽の魅力と喜びを会場の聴衆と共有した。

 最後に、私は今年も引き続きこの2日間のリハーサル・スケジュールを担当し、舞台裏に立ち会った。毎年痛感することだが、特殊な楽器配置や複雑な舞台転換を必要とする現代の作品が並ぶこうしたプログラムではとりわけ、舞台スタッフの方々の力なくして演奏会は実現しない。最上の音楽を届けるための彼らの細やかな心配りとスムーズな進行には、毎回感銘を受け、学びがある。照明、音響、調律、舞台設営と転換。それらに携わるスタッフもまた、この武生国際音楽祭に於ける素晴らしい音楽の「共演者」である。改めて感謝の念を表したい。

(我妻 英)