弦楽四重奏曲の歴史と魅力

コラム:弦楽四重奏曲の歴史と魅力

前回のコラムでは、室内楽についてご紹介しました。この室内楽を代表するジャンルが、ヴァイオリン2人、ヴィオラ1人、チェロ1人の編成で演奏される弦楽四重奏曲です。世界各地で優れた弦楽四重奏団が活動していますが、武生国際音楽祭2016にも二組の弦楽四重奏団(日本のエール弦楽四重奏団とフランスのディオティマ弦楽四重奏団)が登場し、ウィーン古典派から現代作曲家まで、様々な弦楽四重奏曲を演奏します。
そこで今回のコラムでは、弦楽四重奏曲の歴史とその魅力についてご紹介しましょう。

(注:以下の文章中で日付と共に記されている曲目は、武生国際音楽祭2016で上演いたします。)

弦楽四重奏曲の直接の祖先といえるジャンルは不明ですが、17世紀から18世紀にかけての室内楽の成立と楽器編成の多様化、そして同時期のイタリアを中心とした弦楽器の発達が大きな影響を与えたのは確かです。

弦楽四重奏曲が室内楽の一大ジャンルとなるきっかけを生んだのが、18世紀末のウィーンで活躍したハイドンです。特に「ロシア四重奏曲(op.33)」は、動機・テーマ(短いフレーズ)を音楽の中心要素として曲の中で様々に変化させていくという、当時としては革新的な作曲方法を取り入れた弦楽四重奏曲となりました。また、2015年の武生国際音楽祭にもゲスト講師として参加した音楽評論家のマックス・ニフラーによれば、「ハイドンのように、作曲家が弦楽四重奏曲を用いて音楽上の実験を行うという関係は、驚くべきことに現在まで変わっていない」といいます。

エール弦楽四重奏団

エール弦楽四重奏団:シューベルト「死と乙女」を演奏します

ハイドンに続くベートーヴェンも、弦楽四重奏曲の発展を決定づけた一人です。彼の初期の作品(op.18)や中期の作品(op.58)はハイドンが確立した弦楽四重奏曲の様式を更に突き詰めている一方で、後期の作品では形式や和声の上で、古典的な様式からの大きな逸脱も見られます[ 例:弦楽四重奏曲第14番(op. 131)(9/6 ディオティマ弦楽四重奏団コンサート)]。武生国際音楽祭2016にゲスト講師として参加するステファノ・ジェルバゾーニによれば、現代の作曲家の多くが、この後期作品をお手本にしているとのことです。また、ほぼ同時期のウィーンでは、シューベルトが数々の弦楽四重奏曲を作曲しています。シューベルトの作風は、彼が得意とする歌曲の要素を取り込みながら、ベートーヴェンとは違った方向へと弦楽四重奏曲の可能性を追求したものといえます[ 例:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」(9/7 伊藤恵プロデュースコンサート)]。

ウィーンで確立された弦楽四重奏曲というジャンルは、その後メンデルスゾーン、シューマン、ブラームスなどのドイツ語圏の作曲家によって受け継がれる一方で、ヨーロッパ各地にも普及していきました。フィンランドのシベリウスやハンガリーのドヴォルザークは、ドイツ人の作曲家によって追求された論理性に加えて個々の地域の民族的要素を取り込んだ作品を数多く発表し、これらは現代でも頻繁に演奏されています。

Diotima

ディオティマ弦楽四重奏団:ベートーヴェンからジェルバゾーニまで、200年をまたぐ数々の弦楽四重奏曲を演奏します

20世紀初頭に12音音楽を提唱したシェーンベルクは、弦楽四重奏の実験的性格を強く意識した作曲家です。彼の弦楽四重奏曲は、当初はドヴォルザークなどの影響を受けていましたが[ 例:弦楽四重奏のための「プレスト」(9/4 オープニングコンサート)]、後には彼が推進する無調音楽へとシフトしていきます[ 例:弦楽四重奏曲 第二番(9/6 ディオティマ弦楽四重奏団コンサート)]。また、シェーンベルクと同じく新ウィーン楽派に属するベルクやウェーベルン、あるいはハンガリーのバルトークらも、重要な弦楽四重奏曲を数多く残しています。

またこの世紀には、録音技術の発達やプロの弦楽四重奏団が数多く成立したことから、従来さほど注目されてこなかった過去の弦楽四重奏曲にも積極的に光が当てられるようになりました。この結果、ハイドンから現在に至るまでの弦楽四重奏曲の多様性が改めて注目されるようになります。
20世紀後半から現代に至るまでの間にも、シュトックハウゼンのように弦楽四重奏曲を古典的なジャンルと見なして忌避する作曲家がいる一方で(彼の「ヘリコプター弦楽四重奏曲」は、演奏家間の距離の近さが特徴であった伝統的弦楽四重奏曲に対するアンチテーゼともいえます)、日本、そして世界で個性的な弦楽四重奏曲が生み出されてきました[例:ブーレーズ「書」(9/6 ディオティマ弦楽四重奏団コンサート)ジェルバゾーニ「喧騒」(Clamour)(9/6 ディオティマ弦楽四重奏団コンサート)細川俊夫「遠い声」(9/9 細川俊夫と仲間たちコンサート)糀場富美子「弦楽四重奏曲」(9/10 新しい地平コンサート II)]。

ステファノ・ジェルバゾーニ

ステファノ・ジェルバゾーニ (写真:Michel Nicolas)

武生国際音楽祭では「喧騒」に加えて弦楽四重奏と能(青木涼子)による新作を披露する作曲家ジェルバゾーニは、「弦楽四重奏とは、作曲家にとって音楽の研究所のようなジャンルであり、そこでは作曲家個人の音楽言語を追求し、斬新で個性的な作曲技法を発見し、表現力に富み陳腐ではない音楽を創り、繊細な感情と論理的思考とを音楽的に一致させるための非常に精密な実験を行うことができる」と述べています。

では、演奏家にとっては、このジャンルの魅力はどこにあるのでしょうか?武生国際音楽祭に出演するエール弦楽四重奏団の毛利文香(ヴァイオリン)によれば、「弦楽四重奏曲は、五重奏曲や六重奏曲ほどの華やかさはないかもしれませんが、その無駄のないコンパクトな編成の中にも十分な厚みがあり、時には一つの声になり、時には互いに語りかけ合い、四人の関係性が自由自在に変化するところがとても面白いです。四人の人間関係、信頼関係もとても大事な部分であり、演奏する上で大きく影響します」とのことです。

皆さんも武生国際音楽祭にぜひご来場いただき、これまで述べてきたような弦楽四重奏曲の歴史の流れや、曲に込められた作曲家や演奏家の思いをぜひ感じ取ってください!
(文中敬称略:本文執筆にご協力くださったマックス・ニフラー氏、ステファノ・ジェルバゾーニ氏、毛利文香氏に感謝いたします)